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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第1話 祝言の夜 その7

「どんな願いも叶えてくれる黒緋くろあけ勾玉まがたまを手に入れれば、人間に戻れるかも知れないわ」


 冴夜さよの言葉を聞いた芙蓉ふようの体が小さくなった。

 黒い剛毛は消え、人間の姿に戻り、羅刹姫らせつひめの糸もハラリと解けた。


「噂には聞いたことあるけど、実在するのか?」

 羅刹姫は眉間に深いしわを寄せた。

「あるわよ、昔はわたしの手元にあったもの、何百年も前の話だけどね」


「今は?」

「知らないわ、紛失してしまったのよ、……もし人間の手元にあったとしても、バカな人間はそんなお宝だとは気付かずに、宝石だと思って使い方も知らず、どこかの家の家宝にでもなっているんじゃないかしら」


「使いかたって?」

「呪者の血を注がなければ発動しないのよ、その血が多ければ多いほど、効力が強くなるのよ」

「呪いなのか?」

「そうね、使い方によっては呪いになるわ」


「どんな願いもかなえられるの?」

 芙蓉は縋るような目で冴夜に尋ねた。

「いいえ、過去を変えることは出来ないわ、時を戻すとか死人を生き返らせるとかは無理、あくまでこれから起きる未来を願い通りに出来るのよ」

「じゃあ、あたしがこれから人に戻ることも可能なのね」


「眉唾もんだよ、そんな、どこにあるかもわからないものを探せと言うのか?」

「機会を与えてあげようと思っただけよ、信じるか信じないかはあなた次第」

「あたしは……」

 芙蓉はグッと拳を握りしめた。


「ただ殺されるなんて嫌よ! あたしは人間に戻りたい、人間に戻ってもう一度、あの人の腕に抱かれたいのよ」

「あつかましい、すでに大勢殺しておきながら」

 羅刹姫は蔑むように言ったが、芙蓉は引かなかった。


「あたしのせいじゃないわ! 鬼に噛まれなければこんなことにはならなかった、殺したくて殺したんじゃない、あたしだって被害者よ!」


「確かに、鬼に遭遇したのは不運だった、でも、不運は誰にでも訪れるもの、お前に殺された人もそうだろ」

「あたしは殺されず鬼になった」

「生きたいと願ったからな」

「鬼として生きたいと願ったわけじゃない、人として生きたいのよ」


「じゃあ、探すといいわ、黒緋の勾玉を」

 冴夜が再び言った。

「そんなもの、藁の山から針を探し出すようなものじゃないか」

「それでも、可能性があるなら」


 満足そうに微笑んでいる冴夜を見て、羅刹姫は懐疑的な表情。

「なんの戯れだ?」


「あなたと同じよ、あなただってこうなることがわかっていながら、この娘を生かして、望みを叶える機会を与えたんでしょ? 一度味わった幸せを、そう簡単にあきらめられないのが人の性と知りながら」

「……」

 羅刹姫は言葉に詰まった。


「そうね、あたしはもう一度、あの幸せを手にする」

 決意に満ちた眼をあげる芙蓉を見て、枕小町はため息をついた。

「気の毒な娘だわね、二人の魔物に弄ばれて、修羅の道を選ばされるとは」


「必ず藁の中から針を探し当てるわ」

「いい目だわ、でも小町の言うように茨の道よ」

「その茨に踏み込んで、苦しむ姿が見たかったんじゃないの?」


 冴夜は満足そうに笑みを浮かべた。

「楽しみだわ」

「新しい玩具を手に入れた幼子のようね」

 呆れる枕小町に、

「あら、小町にも利はあるじゃない、この娘の悪夢を食べられるんだから」

「いいの?」


「あなたも長くあたしの元に居過ぎて退屈だったんじゃないの? ちょうどイイじゃない、この娘と一緒に勾玉を探してあげなさいよ」

「ま、面白そうではあるけどね」


「あんたら、二人とも暇なのか?」

 羅刹姫も飽きれ顔。

「そうね、退屈してたのよ」

「いいわ、あなたの玩具になってあげるわ、でも、自分自身のためにね」

 決意の宿る芙蓉の瞳を見て、冴夜は満足そうに微笑んだ。


「枕小町があなたにあやかしとしての生き方を教えてくれるわ、で、一つお願いがあるの、綾小路の退治屋に会ったら、必ず殺してよね、夫の仇だから」

「綾小路? 退治屋?」


「妖怪退治を生業としている元陰陽師の一族よ」

「綾小路の奴らは油断ならないぞ、お前のようななりたての鬼は狩られるのが落ちよ」

 羅刹姫は吐き捨てるように言った。


「鬼や吸血鬼や妖怪が存在するなんて、あなたたちに会うまで知らなかったのに、それを知っていて退治する人までいるなんて……」

 芙蓉にとって未知の世界だった。


「人は戦で一度に何万もの人を殺すのに、我らあやかしが生きていくために人を殺せば目の敵にして我らを狩ろうとする、ほんと勝手な生き物よ」


「せいぜい気を付けることね」

 他人事のように言う羅刹姫を見て、冴夜は小首を傾げた。

「あなたは協力してあげないの?」

「あたしはあんたらほど暇じゃないので」

「無責任なのね」


「いいんです、彼女には感謝してるから、本当ならあの時あたしは死んでた、祝言を挙げることもできなかったし、今生きていられるのも、希望を持てるのも、彼女のおかげなんだから」


 芙蓉の言葉を聞いて羅刹姫は苦笑した。

「感謝か……、いずれ怨嗟に変わるかも」

 そう言ったかと思うと、羅刹姫の姿は突然、見えなくなった。


「消えた?」

 驚く芙蓉に、冴夜は、

「羅刹姫は強い妖力を持っているからあのくらい普通よ、数多の妖怪を取り込んで蘇った怪物だから……、元は人間だったけど、強い望みを持っていて死にきれなかったのね、だから同じようにあなたの気持ちがわかったのかも知れないわ」


「もとは人間……人が妖怪として蘇るなんてことがあるの?」

「彼女は特殊よ、あなた以上に強い霊力を持っていたんでしょうね」

「妖怪として蘇るなんて、どんな望みなのかしら」

「さあね」


「そんな事より、あなたも早く発ったほうがほうがいいんじゃない? もたもたしてると鬼化が進み、人の心を失くしてしまうかも知れないわよ」

「発つって、どこへ? 闇雲に探せと言うの?」


「そうね、とりあえず上一条家を探ってみれば? 昔から巫女を輩出している一族よ、勾玉を家法として祭っているらしいから、それが黒緋の勾玉かも知れないわ」


「わかった」

 芙蓉は決意に満ちた眼を上げた。

「必ず手に入れてみせるわ、黒緋の勾玉を」


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