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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第1話 祝言の夜 その6

「キャア!!」

 右手が凍って砕けた驚きと痛みに芙蓉ふようは悲鳴を上げた。

 冴夜さよは含みを持った目を向ける。


「大丈夫、すぐに再生するわ」

 そう言われて、芙蓉は痛みがすぐに消えたことに気付いた。

 そして、右手を見ると、

「え……」

 無くなったはずに右手が見る見る元に戻っていく。


「さすがに早いわね、三十人近くの人を喰っただけのことはあるわ」

「え……、あたしが?」

「覚えてないの? そうか、小町が悪夢を喰ってしまったから、忘れちゃったのね」


 いつの間にか、冴夜の横に烏の濡れ羽色の長い髪、清楚で大人しそうで、なんだか眠そうな目をしたおっとりした感じの少女がいた。

枕小町まくらこまちは夢を食べる妖怪よ、特に悪夢が大好物なの、でも、あたしの悪夢は食い尽くしちゃったかから、彼女、退屈してたのよ」


「悪夢を食べる?」

「あなたを連れ込んだのは小町のためでもあるのよね」

「あたしの悪夢?」

「凄くうなされていたから、さぞ極上の悪夢だと思ったけど、その通りだったわ」

 抑揚のない声で言う枕小町。


「どんな夢だったの?」

「小町、一瞬、返してあげなさい」

「えーっ、ご馳走だったのに」

 渋りながら、小町は芙蓉の額に手を当てた。


 そのとたん、芙蓉の頭に雪崩れ込んだ光景は、まさに悪夢だった。





 地獄絵図。


 祝言の宴会で酔いつぶれて寝ている村の住人を次々と殺していく黒い獣。

 電光石火の早業、誰一人逃がしはしない、人間の動きが緩慢に見える、武器を手に抵抗するものもいるが、爪の一振りで胴体が真っ二つに飛ぶ。


 泣き叫ぶ女子供まで容赦なく皆殺しにして、鬼の本能で人間の心臓を食べつくす醜悪な姿の獣が自分だとは思えなかったが……。


 血だまりに足を取られた時、一瞬、正気に戻った。

 見下ろすと床は血の海。

 そして、惨殺された遺体が無数。


 芙蓉は自分の両手を見ろした。

 それは黒い剛毛に覆われた鬼の手だった。





 芙蓉は自分の両手を見つめていた。

 白くて細い指、女の手だ。

 しかし、

「この手で、あたしがみんなを? 夢じゃなくて、現実に起きたことなのね……」

「あなたがしたことよ、だから悪夢となって蘇ったのよ」

「そんな……なんてことを!」


「人の心をまだ保っている中途半端なあなたには辛いでしょう」

 冴夜は満足そうな笑みを浮かべた。

「また、鬼の血が騒げば、人を襲って喰うでしょうね、一度味わってしまったものね、もう制御できないでしょう」


 芙蓉の体が小刻みに震え、顔に黒い毛が生えてくる。

 爪は伸び、体も一回り大きくなりながら、芙蓉は鬼に変化した。


 真っ黒な剛毛に覆われた体は頭が天井に閊える大きさ、鋭い牙を剥き出しながら、鬼と化した芙蓉は冴夜の前に、覆いかぶさるように立った。

 冴夜は臆することなく鬼の巨体を見上げた。


 枕小町は冴夜の後ろに隠れながら、

「暴れられたら、こんな家、ひとたまりもないわよ」

 と心配した。

「わたしを誰だと思ってるの?」

 冴夜の目が怪しく紫色の輝きを放ち、長い黒髪がフワリと浮いた。


 鬼と化した芙蓉は、冴夜に大きな手を振り下ろした。

 その時、キラリと光るものが飛来した。

 芙蓉の手は、冴夜に届くことなく、煌めく糸に捕らわれた。


 続いて、全身が投網のような糸の罠に覆いかぶせられた。

 芙蓉には見覚えがある網、それは羅刹姫が投げたものだった。


 無闇に動けばあの時の鬼のように、サイコロ状の肉片に切断される。

 瞬時に状況を把握した芙蓉は、そのまま動きを止めた。


「覚えているのか」

 それを見た羅刹姫らせつひめは、糸を少し緩めた。

 鬼と化している芙蓉だが、意識はあるのだとわかり、気の毒そうに見上げた。

「間に合わなかったんだな」


 突然現れた羅刹姫に、冴夜は怪訝そうな目を向けた。

「羅刹姫か」

 まるで生ごみでも見るような不快そうな眼つき。

「あなたを招いた覚えはないわよ」

「この娘とは少々縁があってな、後始末をしに来たんだ、あんたの手は煩わせない」


「後始末?」

 羅刹姫は哀れむように芙蓉を見た。

「望みは叶ったんだろ?」

 芙蓉はコクリと首をうなだれた。

「なら、思い残すことはないな」


 羅刹姫は糸を握る手に力を込めようとするが、

「待って」

 冴夜に止められ、眉をひそめた。


 冴夜は怪訝そうな羅刹姫を無視して芙蓉に言った。

「本当にそれでいいの? このまま殺されても」

 芙蓉は固まったまま宙を見つめていた。

「邪魔をするな」


 羅刹姫は再び糸を握る手に力を入れようとしたが、冴夜はその手に自分の手を重ねた。

 羅刹姫は冷たい感触にゾクッと身を震わせた。冴夜の妖力は知っている。争いになれば勝てるかどうかわからない。


「この屋敷に招き入れたわたしも、縁があると言えるでしょ?」

「どうするつもり?」

 冴夜は不敵な笑みを浮かべながら、

「もし、人に戻れるとしたら?」

 再び芙蓉に言葉を向けた。


「バカなことを、鬼が人に戻れるわけないだろ」

 羅刹姫は言い捨てたが。


黒緋くろあけ勾玉まがたま


「え……」

 冴夜の言葉に驚いた。


 冴夜は『金色の絨毯敷きつめられる頃』の『第1章 氷室』に登場します。こちらも読んでいただけると幸いです。

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