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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第1話 祝言の夜 その4

「そうだな、七日のうちには完全な鬼と化すだろう」

 羅刹姫らせつひめは冷ややかに言った。

「そんな話、信じられないわ!」


「信じる信じないは勝手だけど、鬼になれば自我を失い、さっきの鬼のよう人を襲って食べる獣になりさがるんだ、身近な人間も容赦なく殺してしまうかも知れないぞ」


「そんな……あたしが鬼になるなんて」

 芙蓉ふようは腕の傷を苦々しく見た。


「七日のうちに……」

 芙蓉は絶望に打ちひしがれながらヨロヨロと立ち上がった。

「七日は猶予があるってことね、祝言の日は三日後……」


「どうするつもりだ?」

「祝言が済んだら、思いが叶ったら、鬼になる前に、人であるうちに自ら命を絶つわ」


「祝言を済ませてからか、そう都合よくいくかな、さらに死にたくなくなるのではないか?」

「あなたの話が本当で、あんな化け物になるのなら、生きてはいられない」

「だろうな、だが、自分で命を絶てるのか?」

「やるわ」

 芙蓉は挑戦的な目を向けた。


「そうだな、鬼に立ち向かった勇敢なお前なら成し遂げるだろう」

 間に合えばいいが……と言う言葉を女は飲み込んだ。





 去っていく芙蓉の後姿を見送りながら、女は大きなため息をついた。


「珍しいんだよ、お前がご馳走を逃すなんて」

 突然の声に見上げると、木の枝に黒猫が一匹いた。

紫凰しおか」


 黒猫は高い枝からヒラリと飛び降りた。

 着地した時は、赤い煌びやかな着物を着た市松人形のような女の子に変化へんげしていた。


 年のころは十一、二歳に見える、クリッとした目に真っ赤なおちょぼ口の可愛らしい女の子は、自分より背の高い大人の女の前に偉そうな態度で立つと、

「久しぶりだな、羅刹姫らせつひめ

 無邪気な笑みを浮かべた。


「食い意地張ってるお前が、霊力の高い人間を喰わずに逃がすなんて、驚きだよ」

 あどけない顔に似つかわしくない横柄な口の利き方だった。

「いつから見ていたんだ」

「最初からだよ」

「じゃあ、あの娘が噛まれるとこも?」

「ああ」

「助けてやらなかったんだ」


「それはことわりに反するんだよ、あの娘はここで死ぬ運命だったんだ、それを気紛れで助けるなんて、どうかしてるんだよ」

「じゃあ、アンタが殺せば?」

「それも違うよ」

 紫凰は探るように羅刹姫の目を覗いた。


「助けてしまったもの、しょうがないんだよ、まあ、お前の気持ちもわからんでもないけどね」

「あたしの気持ち?」

「同情したんだろ、お前と同じように強い望みを持っていたあの娘に」

 羅刹姫はフッと目を伏せた。


「同情ねぇ、そんなのは人の感情、あたしはとっくに失くしたもの、ほんと、ただの気紛れだ」

「残酷なんだよ、あの娘は鬼になるんだよ」


「聞いてたんだろ、あの子も承知の上さ、それでも祝言をあげるまで死にたくなかったんだろう」

「すぐに、死んだ方がよかったと思うだろうね」


「その時は、あたしが喰ってやるよ」



   *   *   *



 目を開けると天井の木目が見えた。

 座敷に敷かれたふかふかの布団の中で芙蓉は目を覚ました。

「ここは……」


 芙蓉は茫然としたまま上体を起こした。

 ここはどこなのか? なぜ自分はここにいるのか、混乱した芙蓉の頭で把握でしなかった。


「やっと起きたのね」

 布団の横に座っていた三十歳くらいの女が、起き上がった芙蓉の顔を覗き込んだ。


 真珠の肌に切れ長の目、結い上げた黒髪が艶やかな、気品ある美しい女だった。

「あなたは?」

「わたしは冴夜さよ、この屋敷の女主人よ、門の前に倒れているのを見つけて、運んだのよ」


「門の前? この家の? そんなはずない、あたしは!」

 突然、激しい頭痛に襲われて、芙蓉は頭を抱えた。

「鬼になった記憶はないのね」

 冴夜は冷ややかに言った。


「あたしは鬼になる前に死んだのよ、死んだはず」

 茫然としている芙蓉の頬に、冴夜はそっと手を触れた。

「温かい、生きているのよ、あなたは」

「そんな……」

 鬼化する前に自ら命を絶つと豪語したのに……。


 しくじったことを知った。


 羅刹姫は『金色の絨毯敷きつめられる頃』の『第4章 反魂香』から数話と、銀杏の森シリーズの『枕小僧でございましゅ』にも登場。紫凰は『第10章 朧』から登場します。こちらのほうも読んでいただけると幸いです。



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