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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶
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第1話 祝言の夜 その1

 高砂に並ぶ二人は、幸せそうに見つめあっていた。

 山奥の小さな村、唯一の古寺には、村人全員が集まって若い二人を祝福していた。八世帯、赤子まで数えても三十人程度の小人数だったが、親しい人々に祝われて、二人は一番幸せな日を迎えていた。


「とうとうわがままを貫き通したな、芙蓉ふよう

 宴もたけなわ、すっかり出来上がって赤い顔をした中年男が、千鳥足でお猪口を片手に高砂に座る新婦に絡んだ。


 白無垢姿の十六歳の若い花嫁、芙蓉は村一番の美少女だった。シミ一つない白磁のような肌、ふっくらした唇は紅で彩られ、二重の目に長いまつ毛、大きな瞳は新郎だけを映していた。


「村の女子おなごは年頃になったら遠くの村へ嫁に行く、そして男は遠くの村から嫁を貰う、こんな小さな村で近親者間の婚姻を避けるための習わしなのに、芙蓉はたつきと一緒になれないなら死ぬとまで言いおった。そこまで惚れこまれて本望だな」


「こいつのわがままだけじゃないよ、俺だって嫁は芙蓉だって決めてたさ、どうしても許してもらえなきゃ、駆け落ちしてた」

 新郎の樹は十八歳になったばかりで、まだやんちゃな悪ガキという雰囲気が抜けないが、猟の腕は村一番の稼ぎ頭、腕っぷしは強く頼りになる男だった。


 時は戦国時代。

 各地で戦が起き、麓の村はあおりを受けて、略奪、焼き討ちに遭い、壊滅した村もあった。しかし、山奥で、田畑も乏しく、狩りを生業として細々と暮らしているこの村は、今のところ被害から免れていた。


「いいじゃないか、二人が幸せなら、村一番の猟の腕を持つ樹に駆け落ちされたら困るだろうに」

 絡んでいた男は和尚になだめられて席に戻された。


 樹と芙蓉はこの村で生まれ育った幼馴染、幼い頃からいつも一緒で、生涯一緒に暮らすものだと、お互い、いつの間にか決めていた。そんな二人の恋が、この夜、実を結ぶ。


「ほんに美しい花嫁だ、まさに芙蓉の花のようだな」

 花嫁の父親が真っ赤な鼻を啜りながらしみじみと言った。

「俺、芙蓉の花なんか見たことないぞ」

 樹はほとんど山から下りたことがなかった。

「そうだな、この辺には咲いていないな、南に旅した時に見たんだ」


「戦が治まったら二人で旅に出よう、芙蓉もこの里から出たことないだろ?」

「ええ、行ってみたいわ」

「芙蓉の花を見に行こう、お前の名前だ、親父さんが旅先で見て、美しかったら名付けたんだろ」


「その通りの美しい娘に育ってくれて、村一番の男の元へ嫁ぐんだ、こんな嬉しいことはない」

 またズルズルと鼻を啜る父親は涙で顔もクチャクチャ。

「よかったなぁ」

 同じように酔っぱらっている男が背中をさすりながら、徳利を差し出す。

 父親はお猪口を差し出して応じた。


「もっと飲め!」

 樹も酒を勧められたが、チラリと横にいる芙蓉を見て複雑な表情になった。

 ゴクリと生唾を飲む、もちろん酒は飲みたいが、これ以上飲むと……。


 そんな樹の様子に気付いたおばさんが、

「ダメだよあんた、たっちゃんはこれから大事なお務めがあるんだから」

 とお猪口の口に手で蓋をした。


「おお、そうだった」

 男はハッとその意味に気付き、ニヤニヤといやらしい目を芙蓉に向けた。

 芙蓉と樹も同時に頬を赤らめた。

「もう、あんたは!」

 おばさんは男の背中を思い切り叩いた。


 男はお猪口を落としそうになりながらも、

「ま、我らは朝まで飲み明かすぞ」

 立ち上がって千鳥足で、盛り上がっているおじさん連中の輪に向かった。


 見送った樹と芙蓉は盛り上がる宴会の様子を見てから視線をかわした。

 そろりと立ち上がる。

 見て見ぬふりをするおばさんの横をすり抜けて、二人は宴会場を後にした。


 主役二人の脱走を気にもせず、宴会はまだまだ続く。


 秋の夜風はほんの少し肌に凍みた。

 しかし突っ切って軽い足取りで走る樹と芙蓉の心を冷やすことはない。

「脱出成功!」

 寺から抜け出した二人は新居へと向かった。





「ありゃ、朝まで続くぞ」

「だよね、子供たちが寝た後、おばさんたちも飲んでたし」

 樹は芙蓉を抱き上げた。

「俺たちがいなくても関係ないさ」

 樹は満月に照らされた芙蓉の顔をじっと見つめ、そして唇を重ねた。


「早く二人きりになりたかった」

「あたしも」

 はにかむ芙蓉が可愛くて、樹は再び唇を重ねた。


「痛っ!」

 その時、腕を掴まれた芙蓉は思わず声を上げた。

「あ、ゴメン」

 白無垢の下で見えなかったが、芙蓉は左腕に怪我を負っていた。


「大丈夫、たいしたことないんだけど」

「折れた枝に引っ掻けたんだっけ」

「ええ、ほんと不注意よね、こんな日に」

 芙蓉が袖をめくると、包帯を巻いた腕が見える。


「お前の綺麗な肌に傷をつけるなんて、許せない枝だな」

 そう言いながら樹は芙蓉をお姫様抱っこした。

 芙蓉はそっと樹の首に両手を回した。

「よーし、行くぞ!」


村人総出で建ててくれた新居、といっても粗末な小屋なのだが、二人で暮らすには十分、土間の台所と、居間には囲炉裏もあり、あとは二人の寝所。


二人は唇を重ねたまま布団に倒れ込んだ。


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