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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第5話 イヴの夕暮れ その14

すい! いったん引くぞ!」

 突然、鬼と遭遇し、準備も武器もなかった颯太そうたが叫んだ。


 深い山の中、月明かりに浮かび上がった鬼のシルエットは、体長3メートルの大物だった。


 綾小路あやこうじ颯太は高校二年、中学時代からハンターとして活動していたが、巨大な鬼を相手に戦うには、同い年の相棒、沢本翠と二人だけでは到底敵わない。


 翠も霊力が強い優秀なハンターだったが、目の前に現れた鬼は何百年も生きている力のある奴だとわかり、背筋が冷たくなった。


 二人は逃げる決意をした。無理をして命を落としては元も子もない。

「そうね」

 翠も同意し、二人で距離を取ろうとしたが、その時、翠ははるかの姿に気付いた。


 遥は木の根元で、初めて見る巨大な鬼を目の当たりに、身が竦んで動けなくなっていた。

 翠が遥を見つけたのと同時に、鬼の赤い目も遥を捕らえた。

 逃げようとしている二人のハンターを無視して、鬼は遥に向かった。


 翠は咄嗟に方向転換、遥に向かう鬼の行く手に割って入った。

 次の瞬間。


 翠の胴体が真っ二つに割れた。

 鬼の爪が、翠の体をいとも簡単に切断した。


 遥の目に、スローモーションで胴体がスパッっと切れて上下に分かれる翠の姿が映った。

 翠の顔は、自分になにが起きているのか理解出来ていないような、唖然としたものだった。

「翠姉!」


 その時、目眩しの発光玉が炸裂した。

 目の前が真っ白になり、遥は視力を奪われた。


 その隙に、颯太は遥を小脇に抱えて木の上に逃れた。

「翠姉が!」

 泣きながら暴れる遥の胴体を強い力で抱え込み、颯太は木から木へ、猿のごとく飛び移った。


 颯太は無言で遥を抱えたまま飛んだ。

 遥の額に水滴がかかった。

 それは颯太の涙だった。



   *   *   *



「翠姉さんの遺体は見つからなかった、アイツが……」

 喰ったのだろうと言わなくても仁南は想像できたが、信じたくなかった。仁南が知っている芙蓉ふようが、そんな残酷なことをするように思えなかったから。


 真っ黒い獣に変化した芙蓉の姿を見た遥は、それが翠を殺した鬼だと確信したが、その時は出血多量で動けなかった。


「アイツが翠姉を! ……やっと見つけたのに」

 今も遥の心は傷ついたままなんだと仁南の胸も疼いた。

 遥は泣き出しそうな顔を隠すように、仁南の肩に額を乗せた。


 同じだと仁南は思った。

 あの時、自分を庇った遥が死んでいたら、一生自分を許せなかっただろう。遥は翠に対してそんな苦しみを背負っている。


 右目の悪魔、基、黒緋くろあけ勾玉まがたまが願いをかなえてくれたから、そうならなかったが、

(あたしなら耐えられない)


 仁南は肩に顔をうずめる遥に目をやったが、どう反応していいかわからない。迷ったあげく、幼い子供をあやすようにハルの背中をポンポンと叩いた。


 叩かれてハッとした遥はキョトンとしながら顔を上げた。

「なに、それ」

「えっとぉ、子供のころ、お祖母ちゃんがよくこうしてくれたなぁと」

「俺はガキか? こんな時、優しい女の子ならギュッと抱きしめてくれるんじゃない?」


「……妄想の世界では何度もそうしてるけど、現実にはちょっとハードル高すぎでしょ」

「なんだよそれ、妄想の中で俺は何度もお前と抱き合ってるのか?」

 遥は思わず噴き出した。

 しかしすぐ真顔に戻り。


「アイツが鬼の姿に変化するまで気付かなかった、翠姉さんを殺した鬼が近くにいたのに」

「でも、あたしたちを助けてくれたわ」


「アイツが助けたかったのはお前だ、黒緋の勾玉を奪うために、お前には生きててもらわなければならなかったんだよ」

「そうね、お母さんみたいに死んだら、今度はどこへ行くかわからないから」


「そうじゃないんだよ」


 突然の声に、二人が顔を上げると、そこにはビスクドールのようなフリフリドレスを着た、十一、二歳に見える美少女が立っていた。

 縦ロール黒髪が肩で揺れ、クリっとした目が可愛らしく、真っ赤な唇に無邪気な笑みを浮かべているが、立姿は腰に手を当て偉そうだった。


「可愛い」

 思わず呟いた仁南だったが、美少女姿ではなく、彼女の本性である黒猫を見て、そう言ったのだった。


「芙蓉がお前を殺せなかったのはね、似てるからなんだよ」

 仁南の呟きを無視して少女は言った。


「誰?」

 彼女が妖怪であることはわかっているし、結界に護られた悠輪寺に入って来れるということは敵意がないからだとわかったが、なぜ、突然話しかけたのかはわからない。


「わたしは紫凰しお、お前にはわたしの正体が見えているんだね」

「黒猫、ってことは真琴さんの?」

「真琴の父親の姉なんだよ」


「真琴の伯母さんだよ」

 遥は彼女を知っていた。そう言った遥の頭に紫凰はすかさず猫パンチを繰り出した。

「オバサン言うな」

「痛ぇな」


「学習しない奴なんだよ、ちょっと見ない間に図体だけはデカくなったくせに」

「四年ぶりだ、そりゃ成長するよ、紫凰は相変わらずそのスタイルなんだな」

 紫凰は自慢げにクルリとターンして、スカートの裾を靡かせた。


「それで、あたしが誰に似てるんですか?」

 そんなことより、仁南はさっきの発言が気になった。


「芙蓉がただ一人、心を許した人間なんだよ、五百年前の話だけどね」

「人間だって?」

 遥が眉間にシワを寄せた。


「あたしは芙蓉が鬼になった頃から知ってるんだよ」

 紫凰は得意げにツンと顎を上げた。

 が、すぐに神妙な面持ちになった。


「可哀そうな子なんだよ、なまじ霊力が強かったばかりに完全な鬼になり切れず、人の心が消えない、かと言って鬼の本能にも抗えない、人を喰ってしまったからね、たとえ珠蓮じゅれんのように修業を積んだとしても、空腹時に理性を保つことは不可能なんなんだよ」


「二人のことよく知っているふうだな」

「ああ、知ってるんだよ、ずっと気にかけてやってたからね」

「翠姉を殺したのが芙蓉だと知っていたのか?」

「もちろん」

「なんで教えてくれなかったんだよ!」

 遥はカッとなって立ち上がった。


「聞かれなかったからなんだよ」

 紫凰は意地悪な笑みを浮かべながら、

「それに、教えたところで、お前に芙蓉を殺すことなど不可能だからね」

 怒る遥を静かに見上げた。


「聞きたいか? 芙蓉の話、芙蓉と珠蓮、二人の物語を」


   第1章 右目の悪魔 おしまい 


第1章の五話まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回第2章からは芙蓉と珠蓮の過去編になります。読んでいただければ幸いです。

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