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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔

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第5話 イヴの夕暮れ その8

 『天野』の表札、インターフォンを押しても応答はなかったが、玄関の鍵がかかっていなかったので流風るかかすみは勝手に上がり込んだ。


 入室すると同時に鼻を衝く異臭に流風は顔をしかめたが、霞はほくそ笑んだ。

「美味そうな匂い、蛙だな」

 それを聞いて流風は気持ち悪そうに顔をしかめた。


 流風は学校で感じた微かな妖気を追って、天野の家にたどり着いた。

「蛙?」

蝦蟇がまの小妖怪だ、現世うつしよには滅多に出てこない奴なのに」


 二人はバスルームを覗いた。

「ここから出てきたのだな、偶然か、この家を狙ったのか?」


「あの時と同じ妖気」

 流風が呟いた。

「あの時?」

仁南にな言霊ことだまを試した時よ、気付かなかった? あそこにもいたのよ」

「蝦蟇は擬態が得意で妖気もうまく隠す、よく気付いたな、さすが智風ちふうの生まれ変わりだ」


「仁南が狙われてる」

 その時、流風は強い妖気を感じて身構え、風刃を出そうとした。が、

「待て、俺だ」

 珠蓮じゅれんが両手を上げて立っていた。


「なんでここへ?」

 流風はしかめっ面で珠蓮を睨むように見た。

 あの日、珠蓮に当て身を食らわされて気絶して以来の顔合わせだった。


仁南になとハルが昼休みに学校から消えたと、真琴から連絡があったんだ、で、捜そうとしたら、強烈な異臭に導かれて、……って、お前、学校は?」

「午前中は行ってたわ、でも、妖気に気付いて授業どころじゃない、辿ってここへ来た」


「わたしでさえ気付かぬ妖気に流風は気付くのだ、どうだ、すごいだろ」

 霞は自分のことのように自慢げな顔をした。


「酷い臭いだ」

「霞はいい匂いだって」

「嘘だろ」

 珠蓮は鼻を腕で押さえながら少しはマシなリビングのほうへ移動した。


「真琴たちは授業が終わってから合流するって言ってたぞ」

「真面目なのね」

「でも、それじゃ遅いかも知れんぞ、現にこの家の者はもう喰われてる」


 無人のリビングだが、テーブルにはコーヒーカップと食べかけのスナック菓子、テレビもつけっぱなし、ついさっきまでは誰かがそこにいたような生活感がある。


 突然、貉婆むじなばあがテーブル横の床から生えてきた。

「あの娘、また拉致されたで」

 貉婆の登場は毎度のことなので、もう驚きはしなかったが、仁南については聞き捨てならない。


「拉致って」

妖世あやしよで起きたことはなんでもわかるさかいな」

 貉婆は得意げな笑みを浮かべた。


「あの娘、よくよく妖怪に狙われる宿命なのだな」

 と言う霞に流風は冷ややかな目を向けた。

「そんな呑気なことを」

「霞様にも責任ありますで」

「なんでわたしが?」

 霞は怪訝そうに貉婆を睨みつけた。


「霞様が妖狐ようこの東宮を破壊さはったやろ、妖狐は東宮を再建するために蝦蟇兄弟の里を乗っ取ったんや、奴らの里は緑豊かな美しい場所やろ、あんな空間を創り上げるのは何百年もかかるし、横取りしたほうが早いやろ」

「卑怯な奴ら」

 流風の言葉に、霞は当然といった顔。


「妖怪の世界は弱肉強食だからやむ終えん、仁南を喰って力をつけ、取り戻そうという魂胆だろうが、そんなくらいで妖狐に敵うとは思えん、所詮は雑魚だからな」

「じゃあ、仁南は」

「心配ない、わたしの印がある者をそう簡単には喰えん」


「仁南より、追っていった遥のほうがまずいことになってるんちゃうかな」

 貉婆が言った。

「ハルが?」


「蝦蟇の作った穴に飛び込んだけど、追いつけたとは思えへんし、妖世への道で迷子になったら二度と戻れへんで」

「無茶しやがって!」


 貉婆の言うとおりだ、人間が無闇に足を踏み入れていい場所ではない、珠蓮は遥の身を案じ、見つけられなければどうなるんだという恐怖に震えた。


「大丈夫、仁南を連れ戻せれば、ハルも探せる」

 青ざめた珠蓮を見て流風が言った。

「そうだな、二人は波長が合うし、呼び合うかも知れないな」

 霞は流風に驚きの目を向けた。

「お前でも、たまには気の利いたことが言えるのだな」


「蝦蟇の居所はわかるんだな」

「ああ」

「じゃあ、急ごう」


「わたしの加護の元にある者に手を出すと、どうなるか思い知らせねばならん」


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