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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔

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第5話 イヴの夕暮れ その7

 二十畳以上ありそうな広いリビングにはサイドボードや大型テレビ、テーブルとゆったり座れるソファーがあった。

 その真ん中にはるかはキョトンとしながら佇んでいた。


「えっ?」

「えっ、じゃないわよ、無茶するわね」

 責めるように言ったのは芙蓉ふようだった。


「小町が見つけたからよかったものの、お前、死ぬまであそこで彷徨さまよう羽目になるとこだったのよ」

 芙蓉はソファーに腰を下ろした。


 その横には枕小町まくらこまちがお行儀よく座っていた。

「助けてくれたのか?」

 芙蓉に敵意がないのはわかっていたが、鬼を目の前に遥は身構えた。


「そう言うことになるわね」

「なぜ?」

「お礼もなしなの?」


 遥はわざとらしく枕小町に頭を下げた。

「ありがとう」

「どういたいまして」

 枕小町は穏やかな笑みを向けた。

 子供じみた遥の態度に芙蓉は苦笑いした。


「一人でも妖世に入れるくらい、あの子から霊力を貰ったのね」

「悪いか?」

「合意の上ならなにも言わない、あの子だって子供じゃないんだから」

 警戒している遥に、芙蓉は茶化すような目を向けた。


「勘違いするな、お前らが考えてるような貰い方はしてないし」

「あら、そうなの?」


「で、ここは?」

「あたしの隠れ家」

 どう見ても普通の家だ、きっとここの住人は芙蓉の餌食になったのだろうと遥は思い、虫唾が走った。


「でも、なんでお前があそこにいたんだ?」

「仁南が蝦蟇がまの兄弟に狙われてるって知ったから、忠告してあげようと思ったんだけど、遅かったわ」


「通称真似っこ蝦蟇がま、可愛い名前だけどスライム状の不気味な妖怪、飲み込んだモノにそっくり化けることが出来るの、でもそれは捕食者から身を隠すためで、本来、臆病でひっそり暮らしている小妖怪よ、でも、この間、あなたたちが妖狐の東宮を破壊したでしょ」

枕小町まくらこまちが淡々とした口調で説明した。

「それはかすみだ」


「あの白蛇ね、やっぱ凄い力だわ、東宮を破壊されたあかつきは、新しい住み家に手っ取り早く蝦蟇の里を乗っ取ったのよ、確か一郎から十一郎まで十一匹の兄弟が住んでいたわ、彼らは里を取り戻すために、妖狐が逃した霊力の強い人間を喰って力を付ければ、妖狐を追い出して里を取り戻せると考えたようだわ、無理だと思うけどね」

 枕小町はため息交じりに言った。


「それで仁南を」

「あの子のことだから、簡単には喰われないと思うけど」

 芙蓉の言葉に遥は頷いた。


 仁南はまだ無事でいる、彼女から霊力を貰うようになってからは、魂が繋がっているような感覚があり、仁南になにかあればわかる気がしていたからだ。


 とはいえ、仁南のピンチに変わりない。

「くそっ! なんで仁南ばっかり」

「あの子は妖怪にとってご馳走だから、この先も狙われるわよ、自分の身を護る力をつけなきゃ、風刃使いの子みたいに」

「それまでは俺が護る」


「お前が? 無理だと思うけど」

 それは遥自身、よくわかっている。

「小妖怪と言っても奴らも必死よ、お前のような人間が行って、助けられると思っているの?」


「無理でも、行かなきゃならないんだ」

「なぜ?」

「俺は仁南の世話係なんだ、頼まれたからには責任がある」

「責任ね、それだけ?」

「そうだよ」




 最初はただ利用するだけのつもりだった。

 波長が合う仁南の傍にいれば強い霊力の影響を受けて、自分も研ぎ澄まされていく、強くなれる気がした。


 この春、三年ぶりに帰国した遥は、流風るかに会って衝撃を受けた。

 彼女は千二百前に生きた高僧の生まれ変わりで、強い霊力と法力をそのまま受けついでいるらしく、遥など足元にも及ばない優秀なハンターだった。


 綾小路家に生まれ、普通の人間より霊力があり、妖を見る力もある。綾小路家に生まれたものが皆そうとは限らないので、遥は優越感を持っていた。でもそれは自惚れだったと流風やとおるに会って思い知らされた。


 流風と組んで狩りをするようになったものの、足手まといにならないようにするのが精一杯、ロスではけっこう活躍できたと自負していたが、ここに来てプライドをズタズタに引き裂かれた。

 そんな時に逢ったのが仁南だった。


 流風のようにはなれないまでも、仁南の傍にいて霊力を高められればプライドを保てる程度にはなる、そう思っていつも近くにいた。


 しかし、いつの間にか別の感情が芽生えていることにも気付いていた。

 それを芙蓉に見透かされたようで、気まずかった。




「それだけじゃなかったとしても、鬼にはわからない感情だよ」

 落ち着かない様子で遥は目を逸らした。


「鬼にはわからない……か、そうかも知れないわね」

 芙蓉はフッとやるせなさそうに苦笑した。


「お前は仁南を喰おうとつけ狙ってるんじゃないのか?」

「あたしは、違う、あの子に興味があるだけよ」

「なぜ?」

 芙蓉は答えず。


「いいわ、連れてってあげる、蝦蟇たちの居場所は小町が把握しているから」


 芙蓉の視線を受けて、枕小町は頷いた。


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