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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第5話 イヴの夕暮れ その5

 玄関を入った途端、鼻を衝く異臭にさつきは顔をしかめた。


 天野宅に来るのは初めてではないが、こんな臭いがしたことはなかった。しかし、圭一は何事もない顔で上がっていく。


「ただいま」

 顔をしかめたまま棒立ちしている皐に、

「お前も上がれよ」

 促した。


「え、ええ」

 人の家の玄関が臭いとも言えず、皐は息を止めながら上がった。

「お邪魔します」


 リビングに向かう圭一の後に続く皐は、もう大丈夫かなと、息をしてみてビックリ、先ほどより強烈な悪臭になっている。

「うっ」

 思わず戻しそうになるのをグッと堪えた。


「どうした?」

「この臭い、なに?」

「臭い?」


「来たな」

 リビングにいた圭一の母親を見て、皐は凍り付いた。

「ひっ!」


 白目のない真っ黒な目、顔は確かに母親だが異様な形相に見える。

 父親と弟も同じ、真っ黒い目で見つめられて、皐は後退りしたが、圭一に阻まれた。


「どうした?」

 圭一の目も真っ黒になっていた。


 恐怖に身が竦み、声も出ない皐の肩を圭一はガッと掴んだ。

 とたん、全身から力が抜け、皐はその場に崩れ落ちた。



   *   *   *



 時間は少し遡り、一昨日。


 圭一はいつものように部活を終えて帰宅後、シャワーを浴びていた。

 シャワーヘッドから降り注ぐ心地よい温度のお湯を顔面に受けていたが、突然、それが止まった。


「ん?」

 目を開けて見上げると、シャワーヘッドの噴射口から、お湯ではなく、なにかねっとりした液体に見えるモノが出てこようとしていた。

「なにが詰まったんや?」

 よく見ようと、シャワーヘッドを手に取って、近付けると、

「わあっ!」


 放り出したシャワーヘッドから出てきたのは、スライム状のモノだった。それがニュルニュルと出てきた。


「なんやこれ!」

 たちまち、浴室の床を埋め尽くした。

 スライム状の物体は半透明のまま、頭をもたげるように隆起した。

「わあっ!」

 圭一は悲鳴を上げた。


「どうしたん、大声出して」

 圭の悲鳴に驚いた母親が駆け付けた。

 圭一はバスルームから脱衣所へ飛び出し、母親とかち合った。


 母親に抱きつく体勢になってしまう。

 母親は圭一の背後、バスルーム内を見て驚いた。

「なに、これ!」

 半透明のスライムが大口を開けるような形になって母親の頭から覆いかぶさった。


「きゃあぁ!」

 悲鳴はかき消されて、母親はスライム状の物体に吞み込まれた。半透明のスライムの中でもがき苦しむ母親を見て、圭一は恐怖のあまり腰を抜かした。


「わあぁぁ!」

 母親を飲み込んだスライムの後ろから別の塊が現れた、それは大きな蛙のような形に変化していた。そして、大口を開けて、圭一の頭からかぶりついた。


「どうした!」

 二人の悲鳴に、父親と弟も駆け付けるが、脱衣所に入ったとたん、驚愕のあまりフリーズした。

 不気味な半透明のスライムの中で苦しむ圭一と母親の姿。


「な、なんやこれは」

 と呟いた刹那、父親と弟も、同じく大きな蛙の形をした半透明の物体に飲み込まれた。


 四人ともしばらくはスライムの中でもがき苦しんでいたが、声は漏れてこない。やがて動かなくなり、ガクリとうなだれて目を閉じた。


 ピチャピチャと不気味な音がバスルーム内に響いていた。

 やがて……。


 一糸まとわぬ姿の圭一とその両親、弟が、バスルームからリビングに出てきた。

 その目は黒目がない真っ黒。


 圭一はサイドテーブルに飾ってあったフォトスタンドを手に取った。

 四人の家族写真を見て、口の端を上げた。


<この人間たちの記憶もコピーした、我らの擬態は完璧だ>



   *   *   *



 床に倒れた皐を圭一に成り変わった一郎が、冷ややかに見下ろしていた。


<今度はこの女を使おう>

<そうだ、一郎兄が化けた天野圭一は失敗した>

 母親に化けた二郎が言った。


<失敗じゃない、邪魔さえ入らなければ……>

<見破られたわけではなかったが、不信感を持たれたようだったぞ>

 父親に化けた三郎が言った。


<男だったからだろう、女同士のほうが怪しまれない、そして、成り変わるのではなく、操ろう>

 弟に化けた四郎が言った。


<それは儂が>

 足元から隆起したスライムが蛙の姿になる。

<しくじるなよ、五郎>

 五郎は長い舌を伸ばして、皐の口の中に押し込む。

 注ぎ込まれた粘液を、皐はゴクリと飲み込んだ。


<体育館裏の楠の根元だ、そこに、我ら十一兄弟の仮住まいへの道をつくってある>

妖世あやしよの仮住まい>

<元の住まいのように快適ではないが、あの娘を皆で喰うには事足りる>


<早く喰いたい>

<ちゃんと連れてくるのだぞ>

<早く喰いたいぞ>


<我らの里を取り戻すために、早く力をつけたい>

<そうだ、早く力を>


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