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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔

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第5話 イヴの夕暮れ その1

「去れ!」

 仁南になが発した凛とした声が木の葉を揺らした。

 すると彼女の足元に纏わりついていた魑魅魍魎ちみもうりょうが一斉に散った。


 左京の山奥、白い大蛇のかすみが千二百年もの長きに渡り、眠っていた場所でもある。目覚めた直後は寝ぼけていたのと空腹のあまり我を失い、醜態をさらしたが、本来は山の守り神である。


 人が立ち入らないこの場所には魑魅魍魎が多く潜んでいる。普段、人間と関わりあうこともなく、ひっそりと暮らしているが、この日ばかりはじっとしていられなかった。あやかしたちが大好物の、強い霊力を持つ人間がやってきたからだ。


 しかし、仁南に群がったのも束の間、『去れ!』の一言で、蹴散らされた。


「いくら雑魚と言っても、わたしの加護を受けるモノたちだ、いたぶらないでほしいものだ」

 仁南の所業を見ていた霞が不服そうに言った。


「凄いよ、短期間で言霊ことだまを使いこなせるようになったんだから」

 はるかは目を見張った。


 幼い頃から霊力が強く、霊や妖怪の類が見える子だった仁南は、いつも奇妙なモノに纏わりつかれて難儀していた。彼女に寄り付く小妖怪たちは、見えない普通の人にも悪さをする。悪影響を受けた同級生たちには、『佐伯さんといると不吉なことが起きる』と陰で噂され、友達は少なかった。

 それがやっと解消される。言霊を使えることにより、自分の力で妖を退けられるのだ。


重賢じゅうけんさんのお陰です、ありがとうございます」

 仁南は指導してくれた悠輪寺ゆうりんじの住職、重賢に感謝した。

「儂はなにもしてへん、お前さんが元々持っていた力や、使い方を知らんかっただけやし」


 悠輪寺に来てから、仁南は重賢の元で朝夕のお勤めに励み心身を清めた、それにより、内に秘めていた霊力を外に向けて発することが出来るようになり、言霊としてよこしまなモノを寄せ付けないようにする術を身につけたのだった。

 この日は、勤行の成果を確かめるために、重賢、遥、霞、流風るかと共に、人里離れた山奥に来ていた。


「お前さんほどの霊力があったら造作もないこと、巫女の家系なんやし、修業を積んだら破魔はまの矢も射れるやろ、それにはまず、弓を引けるようにならんとな」

「綾小路の本家に弓道場あるぞ」

 遥は少々不機嫌そうに言った。


 仁南の成長は喜ぶべきことではあったが、世話係を頼まれていた自分はもう不要なのではと、少し寂しい気持ちにもなっていた。


 そんな遥の様子に気づいた流風は、針の一刺し。

「仁南が力をつけて、ハルはお払い箱」

 遥はムッとしながら、

「肩の荷が下りたよ、これで本来の狩りに集中できるしな」

 そっぽを向いた。


 遥の言葉を聞いて、仁南も寂しくなった。遥が世話係として積極的に自分の傍にいてくれたのは、小妖怪から仁南を護るためだけではなく、波長の合う彼女から霊力を分けてもらう目的もあるとわかっていたが、それでも、いつも一緒にいてくれたことは心強かった。


「けど、まだまだやで」

 重賢は涼しい顔をしている霞に視線を流した。

「霞みたいな大物はビクともしいひんしな」

「当たり前だ、人の子が発する言霊ごときに動かされるわたしではない」

 霞は腰に手を当てしたり顔。


「それなら、まだ世話係は必要だな」

 遥はしょうがないなと言った口調だが、口元は緩んでいる。

「弓の引き方も教えてやるよ」

「ハル君、弓道も出来るの?」

「一応な」


「弓なら瑞」

 流風が言おうとした言葉を霞はわざとらしく遮った。

「あー、仁南の放つ矢に射られたら、わたしとて無傷ではいられないな」


「だからハルが教え」

 今度は重賢がすかさず口を挟んだ。

「流風は、弓は苦手やったな、というより、必要ないか」

「……」


 弓道は瑞羽みずはが得意だから、遥に教えてもらう、瑞羽に習う方がいいと言いたかったのだが、二度も遮られて、流風は面倒になり言うのをやめた。


「さっそく明日からでも行ったらエエ、颯志さじには儂から頼んどくさかい」

 重賢は仁南と遥に言った。


 これで遥との縁は切れない、明日からも一緒にいられることが嬉しい半面、仁南はどんどん引き返せない感情に陥っている自覚もあり怖かった。


「どうかしたか?」

 重賢は流風が不機嫌そうにしているように見えて、先ほど、言葉を遮ったので機嫌を損ねたのかと気になった。

「……」


 流風は周囲を見渡してから、

「なんでもないです」

 と重賢に向き直った。


「あたしも言霊使えないかな」

「人にはそれぞれ向き不向きがあるしな、お前さんには無理やろ」

「残念、便利そうなのに」


「ほな、帰ろか、お腹もすいたし」

「わたしは肉が食いたい」

 霞は遥の顔を覗き込んで圧をかけた。



   *   *   *



<見つけたぞ、あの娘だ>

 陽の当らない雑木の根元の落ち葉の下に蠢くものがあった。


 音もたてずに存在をひた隠しにしている。

 そして、遠くから気配だけで仁南たちを認識していた。


<あの娘だ、間違いない>

妖狐ようこあかつきが嫁にしようとしていた、霊力の強い娘だ>

<でも、大蛇がいるぞ、高僧と退治屋もだ>

<迂闊に近付けない>

 これ以上接近すると、存在が知られてしまうギリギリの距離を彼らは知っていた。


<人間に化けて接触しよう>

<我らの擬態は完璧だ、いかに霊力が強くても見破ることは出来ないだろう>

<そしてあの娘を攫ってこよう>


<その後、皆で喰らって霊力を手に入れれば、妖狐ようこに奪われた我らの住処を取り戻すことが出来るだろう>


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