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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第4話 鬼の伴侶 その13

 珠蓮じゅれんが飛び込んだ時に割ったガラスの破片が床に散乱していた。

 そして、金之助の成れの果て、砂と化した小山も残っていた。


 ソファーでは珠蓮が、金之助に傷つけられた流風るかの傷口を室内にあったタオルで縛っていた。

「銀杏の森へ連れて行く、お前を鬼になんかさせない」

 その時。


「なにをしてるんだ!」

 叫びとともに、珠蓮は強烈な拳をこめかみに食らった。

「鬼の分際で流風に触れるとは!」

 かすみが鬼の形相で仁王立ち。


「痛ぇ……」

 頭蓋骨にヒビが入ったかと思うほどの衝撃に、珠蓮はクラクラする頭を抱えた。


「違う! レンはあたしを助けようと」

 二撃めを繰り出しそうな霞を見て、流風は慌てた。

「怪我をしたのか?」

「鬼の爪にやられた」

 流風は血が滲んだタオルを巻いた腕を見せた。


「美しい肌に傷をつけるとは、許せん奴だ!」

「レンが片付けたけど、爪にも毒があるから鬼化するかも」

「お前が鬼になったら困るぞ、輪廻からはみ出してしまうではないか、お前にはちゃんと死んで、男に転生してもらわねばならないのに」


「爪の毒で鬼にはならないわ」

 芙蓉ふようが口出しした。

「そうなのか?」

 芙蓉は砂の小山に視線を流し、金之助の屍だと気づいた。

「金之助が追ってきたのか」


 芙蓉の声に気付いた珠蓮はハッと顔を上げた。

「お前は!」

 珠蓮は立ち上がろうとしたが、背中に激痛が走り、再びソファーに腰を落とした。


「あたしの気配にも気付かなかったなんて、重傷のようね」

 苦痛に歪む珠蓮の顔を見て、芙蓉は不敵に微笑んだ。


「ほんとだ、かなりの深手だな」

 霞もようやく珠蓮の背中の傷に気付く。


「俺は大丈夫だ、それより早く流風を銀杏の森へ、森の霊気で浄化させてくれ」

「お前はどうするのだ」

「俺はコイツをる」

 芙蓉に憎しみの目を向けた。


「その傷でか? 動けもしないのに、こやつは強いぞ」

「ダメ、レンも一緒に」

 流風が珠蓮の腕をギュッと掴んだ。


「大丈夫だ、早く行け」

 腕を離さない流風を見て、珠蓮は彼女のみぞおちに当て身を食らわした。


 不意を食らった流風は珠蓮の腕にガックリ倒れ込んだ。

「なにをする」

 驚く霞に、彼女を託した。


「早く連れて行け」

 そう言った珠蓮の赤い目を真っ直ぐに見た霞は、

「なにか訳アリのようだな」

 流風を受け取り、

「先に行くが、必ず後から来るのだぞ、流風を悲しませたら許さん」

 芙蓉に鋭い目を向けた。


 霞は流風を抱きかかえたまま、光の玉となる。

 まだ緊張の糸が張りつめたままの珠蓮と芙蓉を残して、光は消えた。


 それを見送ってから、芙蓉は息をついた。

「指一本でも触れたら許さないと言っていたな」

 霞に向けられた鋭い目の意味を芙蓉はそう受け取った。


「久しぶりね、最後に会ったのはいつだったかしら」

 ソファーに座ったまま、苦痛に耐えている珠蓮を見下ろした。


「七十六年前だ」

「よく覚えてること」

「ずっと捜していたからな」

「その執念には頭が下がるわ」


「家族を、里の仲間を皆殺しにして、俺をこんな体にしたお前をあきらめる訳ないだろ!」

 あたしだって望んで鬼になったわけじゃない!と芙蓉は叫びたかったが、そんなことを言っても自分が珠蓮の仇であることには変わりない。


「あたしを殺すために、あんな大物までバックにつけるなんて」

「俺のバックじゃない、流風のだ」


「あの子、何者なの? ただのハンターじゃないわよね、猫族とも懇意にしてるし、それにあなたとはどういう関係?」

「お前には関係ない」

 芙蓉は探るように珠蓮の目を覗き込んだ。


「もしかして、惚れてるの?」

「……」

「否定はしないのね」

 まだ立ち上がれない珠蓮だが、目だけは赤く鬼化していた。


「なら流風を鬼の仲間にすればいい」

「バカなことを、それじゃ、金之助と同じじゃないか」

「違うわ、奴は相手の気持ちなど無視して無理やり手に入れた、鬼にされた女たちは苦しんでいたのよ」


「だから殺したのか?」

「自分のしたことを正当化するつもりはないわ、どんな理由でも殺しは殺しよ」

「わかってるじゃないか」


「ねえ、少しでも思ったことないの? 復讐なんかあきらめて、流風と共にひっそり生きていこうって、彼女も……」

「それは出来ない!」

 珠蓮は芙蓉の言葉を遮った。

「お前が生きている限りは」


 それはどういう意味なのか、どうしても家族の仇を討たなければ気が済まないのか、それとも、鬼になって苦しむ自分を楽にしてくれようとしているのか?

 芙蓉は追及するのをやめて背を向けた。


「今日のところは引き下がるしかないわね、あなたが戻らなきゃ、あの大蛇に報復されそうだし」

「待て!」

「蛇は執念深いしね」


 芙蓉はフッと寂しげな笑みを残して、部屋を後にした。


 立ち上がると激痛が走り、追えなかった珠蓮は、そのまま床に寝転がった。

「くそっ! やっと見つけたのに」

 悔しそうに天井を仰いだ。


 しかし、見逃してくれたのか? 本当に霞を怖がっていたとは思えない珠蓮は、芙蓉の行動に違和感を覚えた。


 そんなことを思っていた珠蓮の顔の横に、突然、貉婆が生えてきた。

「おや、生きてたか」

 珠蓮は貉婆の不気味な笑みにギョッとした。


 貉婆はそのまま全身を現し、彼を見下ろした。


「あの怪我じゃ、動けへんやろうし迎えに行ってやれと霞様に頼まれてな、もし死んでたら喰ってもいいという話しやったけど、残念や」

「騙されたな、俺は死んだら砂になる」

「おお、そうやった、五百年も生きてるんやしな」


「流風は?」

「大事ない、霞様が介抱されてる、怪我も痕は残らへんやろ」

「よかった」

「さあ、行こか」


「お前の小屋へ連れてってくれ」

「銀杏の森とちごてか?」

「ああ、この程度の傷、自力で治せるし、少し一人で頭を冷やしたい」

「そうか」


 貉婆が床に手をつくと、黒い穴がポッカリ開き、珠蓮は吸い込まれた。

 閉じる前に、貉婆も飛び込んだ。


 穴は閉じ、室内はガラスの破片と、金之助の残骸である砂の小山だけが残された。


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