第4話 鬼の伴侶 その12
芙蓉は幸恵の心臓目掛けてグッと腕を差し込んだ。
幸恵の目が一瞬、驚きに見開くが、すぐ微笑むように細くなった。
幸恵の脳裏には実の父親の優しい顔が浮かんだ。
(ゴメンな、お父さん、一緒のところへは行けへんわ、せっかく幸せに恵まれるようにって名付けてくれたのに、幸せになれへんかった……)
父に宛てた長い言葉を言う力はなく、ただ、
「ありがとう」
芙蓉にそう言った口から血が零れだした。
芙蓉は心臓を掴み取って引き抜いた。
幸恵は芙蓉の足元に崩れ落ちた。
鬼になってまだ浅い幸恵は、砂にならず、そのままの屍が横たわった。
「仲間割れか?」
いつからそこにいたのか、霞が声をかけた。
「仲間じゃない」
少し前から霞の気配に気付いていた芙蓉は、驚きもせずに答えた。
「同じ鬼だろ? なぜ殺した」
「自由にしてやったのよ」
振り向いて霞を見た芙蓉は、彼女の神々しい美しさに息を呑むと同時に、大きな妖力を持っていることを認識し警戒はしたが、殺意がないこともわかった。
「まあ、鬼同士が殺しあうのに文句はないがな」
霞は幸恵の屍を見下ろした。
「なりたてか……若かったんだな、可哀そうに」
「可哀そう? 妖怪にもそんな感情があるのね」
「わたしは妖怪ではない! 白蛇神だ」
霞は腰に手を当ててふんぞり返った。
「えらく俗っぽい神ね、で、あたしになんの用?」
「そうだった、お前を捜していたわけじゃない、鬼の悪臭に釣られてしまっただけだ、しかし、無駄足ではなかったようだ」
急に霞の雰囲気が変わったことを感じ取り、芙蓉は身構えた。
「お前から流風の気配がする、どこにいる?」
距離を取ろうとするが、霞の目に射抜かれた芙蓉は動くことができない。
「アンタもあの子の知り合い? あの子はほんと妖怪に縁があるのね」
(それもこんな大物と……このあたしが逃げられない)
芙蓉は唇を噛んだ。
「だから妖怪ではない」
「殺してはいない、面倒はゴメンだから」
手を出さなくてよかったと芙蓉は胸を撫でおろした。
「返してもらおう」
そこへ足元の床から突然、貉婆が生えてきた。
ギョッとする芙蓉をよそに、
「これ、もらってもエエか?」
幸恵の屍を見て舌なめずりした。
「お前は、どこにでも現れるんだな」
呆れ顔の霞。
「霞様の行くところ、ご馳走ありやさかいな」
「鬼だぞ?」
「けどなりたてやし、美味そうや」
「好きにしな」
芙蓉が吐き捨てるように言った。
「では遠慮なく、そっちの人間ももらうで、心臓付きやな」
貉婆は床に幸恵と義父の遺体を引きずり込んだ。
「さて、流風のところへ案内せよ」




