表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
5/130

第1話 妖の世界 その5

「ここはどこや!!」

「どうなってるんや!」

 ひびきが殺されたため、彼がかけていた妖術から醒めた乗客が一斉に騒ぎ出した。


 無理もないだろう、普通に市バスに乗車したつもりが、いつの間にか目的地ではなく見知らぬ山奥にいるのだから。そして、それまでの記憶がないことが、いっそう混乱を生み、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


 しかしほどなく、

「うっ」

「わあっ」

 頭を、喉元を押さえて苦しみだした。

 通路に転がり、のたうち回る人も出た。


「そうか、ここでは正気でいられないって言ってたな」

 乗客の変化を見て、はるか芙蓉ふようの言葉を思い出した。この人たちはどうなるんだろう、本来なら自分もああなっていたのかとゾッとした。


「うるさいわね」

 芙蓉は冷ややかに言うと、パン! と一回手を打ち鳴らした。

 すると、騒いでいた乗客たちの目からたちまち生気が抜けた。


 人形のように静止した乗客たちと対照的に、仁南になはその人たちに何が起きたのかと、キョロキョロ見回した。

「あたしの妖術も効かないのね」

 そんな仁南の様子に、芙蓉はため息を漏らした。

 仁南とくっついている遥も、今回は鬼の妖術を免れた。


「まあいいわ、逃げられないのはわかってるでしょ、おとなしく従ってくれる?」

(従ったら、そのあとどうなるの?)

 どうせ殺されるんならこれ以上怖い思いをしたくないと仁南は思ったが、一方で妄想も浮かんでいた。


 応援が来ると言っていた遥の言葉を受けて、

(きっとウィ○チェスター兄弟みたいなカッコイイハンターが来てくれるんだ。颯爽と現れて、あたしたちを助けてくれるのよね)

 こんな状況でも希望的妄想は尽きない。


「またボーっとして、ほんと緊張感のない子ね」

 芙蓉はまたトリップ状態の仁南を見て吐息を漏らした。

「いやいや、じゅうぶん緊張してるわよ、怖いし帰りたいし」

「そうは見えない間抜け面よ」

「酷―い」

「ほら、むくれてないで早く歩いて」


 誘拐犯と被害者の会話とは思えない会話、すっかり芙蓉になじんでいるように見える仁南に遥は呆れた。

「お前ってなんなの? 自分を殺そうとしている奴と、なんでそんな友達みたいに普通にしゃべれるんだよ」

「普通じゃないわ、怖くて怖くて」

 ちびりそうななんだから、と思わず口に出そうになったがとどまった。


 芙蓉は乗客たちにも命令した。

「歩きなさい」

 八人の乗客は一列に並んで歩きだした。


 仁南はどうするべきか迷い、ポカンとそれを見ていたが、

「引きずっていく?」

 芙蓉の言葉にハッとし、

「自分で歩きます」

 と言って、さっき芙蓉に吹っ飛ばされた遥の体を心配した。

「大丈夫、歩けるよ」

 怪我はなさそうなので、仁南はホッとした。


(綾小路君はあきらめたのかしら? そんなはずない、応援を信じて待っているのよね、それまでは生き延びるために大人しくしているほうがいいってことよね)

 仁南は考えの読めないポーカーフェイスの遥とともに列の最後尾についた。


「どこへ行くの?」

 不安のあまり黙っていられない仁南は芙蓉に尋ねた。

「行けばわかる」

「行きたくないって言っても、拒否権はないのね」

「ええ」


 にわかに濃くなった霧の中を、仁南は鉛のようになった足を引きずりながら歩き続けるしかなかった。


「ここは人間界と隣り合わせにあっても、決して人が気付くことのない、現世うつしよ幽世かくりよの狭間にあるあやかしの空間、たまに無垢な幼子が迷い込み、帰れなくなる、それを人間は神隠しと言っているのよ」


「帰れなくなった子供はどうなるの?」

「さあね」

 きっと妖に食べられちゃうんだ、そしてそれはこれからあたしが辿ることになる運命なんだと仁南は悪寒を覚えた。


(こんなところで死ぬの? なんのために京都まで来たの? 遥のような理想の王子様に出会えて妄想の世界が広がると楽しみができたのに!)

 そう思った仁南の目から涙が零れていた。


「なに泣いてるのよ」

 突然泣き出した仁南に気付いた芙蓉は首を傾げた。

「だってぇ、あたし殺されるんでしょ、花のJKにもなれずに、こんなところで命果てるなんて」


「心残りがあるのか?」

「心残り? そう聞かれると……別にないかも」

「ないんかいっ!」

 遥が思わず突っ込んだ。


「だって、大きな理想を掲げて生きてるわけじゃないし、特にやりたいことや、目標もないし、考えてみれば……」

 仁南はズズッと鼻を啜った。


「お前なぁ」

 呆れる遥を見ながら、自分はなんのために生きてるんだろう、と仁南は考えた。


(実の父はあたしを捨てて新しい家族と暮らしている。祖父母は妖怪が見えるあたしを持て余して京都へ来させた。あたしは誰からも必要とされない厄介者、いらない子だし、このままいなくなっても誰も悲しまないし……)

 仁南はそう思い至った。


「幸せじゃないの?」

 急に黙り込んだ仁南を見て、芙蓉がその沈んだ顔を覗き込んだ。

「幸せ? そんなこと考えたことはなかった、幸せがどういうものなのかもわからないし」

「お前、いくつなの?」

「十五」


「あたしが十五の時は許嫁がいたわよ、彼と、一番幸せな時を過ごしてたわ」

「え……」

 意外そうな目を向けられて、芙蓉は口走ってしまったことを後悔するように唇をすぼめた。


「人間だった時の話、五百年も前の話だけどね、くそっ! なんでこんな話をしちゃったんだろ」

「あたしを哀れに思ったからでしょ」

「そうね、お前は女の喜びも知らないのね」

「女の喜びって……」

 仁南は意味を理解してボッと赤面した。妄想の世界でもせいぜいキス止まりだ。


「可哀そうだと思ったら逃がしてよ」

 仁南は濡れた瞳で芙蓉に訴えた。

「お前、鬼に同情を求めてどうすんだよ」

 また遥が突っ込んだ。しかし一方で、仁南の強心臓に感心していた。


 泣いてはいても恐ろしい鬼と世間話をしている図太さ、ちゃんと会話が成り立っている。

(俺の出る幕はない、応援が来てくれるまで、このまま時間稼ぎができればいいんだけど)


 その時、

「遅~い、冴夜さよがお待ちかねよ」

 突然、目の前に枕小町まくらこまちが現れた。

 濃い霧で接近に気づかなかった仁南は驚いて足を止めた。清楚で大人しそうそうな少女に不思議そうな目を向けられ、思わず会釈した。


「え、この子には妖術をかけなかったの?」

 仁南の反応に枕小町はキョトンと目を丸くした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ