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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第4話 鬼の伴侶 その11

 リビングに設置された中陰壇の前に座り、正芳まさよしは二つの遺影をジッと見つめていた。

 葬儀が終わり、親戚連中も帰った家に、正芳はただ一人残された。


「なんでこんなことに……」

 幸せそうに微笑む愛娘、愛恵まなえの遺影の前で、正芳はガックリ膝を折った。

 しばらくうなだれたまま肩を震わせていたが、ふと、背後に気配を感じた。


「懐かしいなぁ」

 いつのまにか背後に立っている少女を見て、正芳はギクッとした。

「雰囲気は変わらへんな」


「なんやお前は、勝手に上がり込んで」

 慌てて立ち上がり警戒する義父、正芳を無視して、幸恵さちえは室内をゆっくり歩いた。


「勝手にって、自分の家に帰ってきただけやん、なにが悪いん?」

 ソファーにドカッと座り込んだ。

「自分の家って」

 正芳は幸恵の顔を改めて見直し、ハッとした。


「お前は、……まさかそんなはずない」

 正芳の顔から見る見る血の気が引いていく。


 恐怖に近い驚きの表情を見せる正芳を、幸恵は意地悪な笑みを浮かべながら見上げた。

「あたしの顔、覚えてたんやな」

「いやいや、そんなアホなことあるわけない、二十年も経ってるのに」


「あの頃と変わらへんやろ、あたしは年をとらへんのや」

「これは悪い夢か、悲しみのあまり気が変になったんか?」

 驚愕の表情でガクガクと唇を震わせる正芳。


「現実や、あたしは鬼になって復習に来たんや、二人を殺したんはあたしや」

「なんやて! 愛恵には何の罪もなかったのに!」

「その顔、あんたのそんな顔が見たかったんや、愛する娘を殺された悲しみ顔が」

「貴様ぁ!」


 正芳は幸恵の胸ぐらを掴み上げようと手を出したが、払いのけられた。

 スパッ! と音がして、手首から先が無くなった。

「えっ?」

 なにが起きたかわからなかったが、遅れて痛みに襲われた。


 鬼化した幸恵の爪に切断された正芳の手首が床に転がった。

「うわあぁぁぁ!」

 血が噴き出る手首を押さえながら正芳はうずくまった。


「十二歳のあたしになんの罪があった?」

 幸恵の呟きは正芳の悲鳴にかき消された。


 幸恵は立ち上がり、苦痛に喘ぐ正芳を冷ややかに見下ろした。

「あたしの痛みがわかった? あたしの心の痛みはそんなもんやなかってんで」

「グワァァ」

 悲鳴とも言えない声が正芳の口から洩れる。


「愛恵に罪はなかった、そうや、彼女は不運やっただけ、アンタの娘に生まれたから」

 正芳は憎悪に満ちた表情で幸恵を見上げた。


 そして、なにか叫ぼうと口を開けた正芳の喉を幸恵は切り裂いた。

 傷口から血が噴き出した。

 開いた口から悲鳴が出ることもなく、正芳は突っ伏した。


「これでやっとあたしのシミが消える」

 うつ伏せに倒れた正芳の体の下に血が広がった。


 動かなくなった正芳を、幸恵は足蹴にした。


「食べないの?」

 一部始終を黙って見ていた芙蓉ふようが、幸恵の横に来た。

「こんなゲス野郎の心臓はいらん、よかったらどうぞ」

「遠慮しとくわ」


「気が済んだ?」

 幸恵は俯いたまま口の端を少し上げた。

「……虚しいなぁ、復讐してもあたしの人生は戻らへん、もう幸せにはなれへんのやし」

 凍てついた幸恵の横顔を見て、芙蓉は胸の痛みを感じた。

「そうね」


「金之助には感謝してるんやで、復讐を果たすことをできたし……、けど、この先、ずっとアイツの伴侶として生きていきたいかというと、それは違う、でも、このままやったら、そうなってしまう」

 幸恵は大きなため息をついた。


「嫌なら、離れればいい、寝首をかいてやればいい、お前なら殺れるでしょ、あたしもあのゲス野郎を始末しようと試みたわ、でも、姑息で女を盾にして逃げるような卑怯者、とどめを刺すのは難しかった」

 芙蓉の言葉に、幸恵は否定的な目を向けた。


「金之助を殺して独りぼっちになれと? そうなったらきっとアイツと同じことをしてしまう、寂しくて仲間を作りたいと思ってしまう、アンタは一人で平気なん?」


「あたしには目的があるから、鬼を人間に戻せる方法を探しているのよ」

「もし、そんな方法があったとしても、今更人間に戻ってどうすんの? 何事もなかったように普通に生きれると思うの? 何人もの人間を殺して喰ったあたしが……、記憶は消えへんのやろ、人間に戻って人の心を取り戻したら、罪悪感に押しつぶされるわ」

「そうかも知れないわね」


「最初の予定通り、あたしを殺して、死んで生まれ変わりたい」

「人を殺したお前は、人間には生まれ変われないと思うけど」


「それでもエエ、なんに転生しようと、今よりかは」

 幸恵が言い終わらないうちに、芙蓉は彼女の胸に爪を突き刺していた。


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