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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔

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第4話 鬼の伴侶 その10

 陽はすっかり暮れていた。

 市街地から離れた山間の別荘地に外灯は少なく、闇と静寂に包まれていた。


「ここか?」

 珠蓮じゅれん金之助きんのすけは別荘の周囲を警戒しながら近付いた。


 金之助情報で、芙蓉ふようが隠れ家にしているというログハウス風建物の窓からは明かりが漏れていた。


 その時、珠蓮はハッとする。

 覚えのある匂いと気配。

 考えるより早く、珠蓮は窓ガラスを叩き割っていた。


「おい!」

 珠蓮の奇行に驚いた金之助が止める間もなく、割れた窓から飛び込んだ。


流風るか!」

 ソファーで拘束されている流風を発見して駆け寄った。

「なんでこんなとこに!」

「あなたこそ」

「俺は、芙蓉の隠れ家と聞いて……大丈夫か?」


 後ろ手に縛られていなかったのは、芙蓉が逃げるチャンスをくれたのかも知れなかったが、固く縛られた縄は解くことも嚙み切ることも容易ではなく、もがいた為、手首がこすれて擦り剥いていた。


「じっとしてろ、切ってやる」

 珠蓮は右手を鬼に変え、鋭い爪で縄を切ろうとしたが躊躇した。

 もし爪が流風の皮膚に当たれば、鬼の毒で汚されてしまうかもしれないと思ったからだった。


 珠蓮は人間の手に戻し、

「解いてやる」

 固い結び目をほどこうとしたが、うまくできずにモタついてしまった。


 後から入ってきた金之助が流風を見て、

「美人だな、それに美味そうな血の匂いだ」

 いやらしい目つきで舌なめずりした。


「彼女はダメだ」

 珠蓮は鋭い目を向けて牽制した。


「お前の獲物か?」

「違う、仲間だ」

「仲間? 人間が?」

 怪訝そうな表情の金之助を無視して、珠蓮は流風の縄を解こうとしていた。


「芙蓉に拉致されたのか?」

「ええ、不覚を取った」

「よく殺されなかったな」

「あの鬼とは前に会ってる、あたしが真琴と知り合いなのを知ってるから、下手に手を出すと厄介なことになると思ったんでしょ」


「で、芙蓉は?」

「もう一人の鬼の女と出て行った、また……」

 言いかけて止めた流風の表情が変化したことに、珠蓮は敏感に反応した。


 背後からの殺気に体を動かそうとした。

 次の瞬間、背中に激痛が走った。


 金之助の鋭い爪が珠蓮の背中に突き刺さった。

 が、一撃は、少しズレていた。

「ちっ、外したか」


 金之助が爪を引き抜くと、珠蓮の口の端から血が零れた。

 肺を貫通したようだ。

 しかし、もし体を動かさなければ、心臓に命中していただろう。


「レン!」

 叫んだ流風を片手で押しのけながら、珠蓮は振り返った。

 そこには、すでに鬼に変化した金之助がまた爪を振り下ろそうとしていた。


 珠蓮は右手を鬼に変え、それを受け止めた。

 避けるわけにはいかない、珠蓮の背後には縛られたままの流風がいる。


 流風を庇うようにしながら金之助と対峙した。

「なんのつもりだ!」

 金之助は赤い目を爛々と輝かせながら、

「その女が欲しくなった」

 不敵な笑みを浮かべた。


「芙蓉が標的だったんだろ、なに余計なことを考えてるんだ」

「気に入ったものしょうがない、一目惚れだ、伴侶にする」

「芙蓉をるんじゃないのか!」

「その前にこの女を手に入れる、邪魔するな」


 言うや否や金之助は珠蓮に飛び掛かった。

 咄嗟に流風を突き飛ばして離すと、珠蓮も鬼に変化へんげして金之助と組み合った。


 床に転がった流風は、まだ手首の縄が解けない。

 絡み合う二人の獣を見ながら、流風は必死で縄を噛み切ろうとした。


 最初に食らった背後からの一撃がかなりの深手だった珠蓮の動きは鈍かった。

 室内を揺らしながら暴れまわる二人。

 金之助はすれ違うたび、珠蓮の背中の傷に爪を食い込ませた。

 珠蓮の血が壁に飛び散る。


「俺を見くびったな、お前より多くの心臓を喰ってるんだ、力自慢だけじゃないぜ」

「なに言ってやがる、まともにやったんじゃ勝てないとわかってるから卑怯な不意打ち食らわしたくせに!」


 珠蓮の足元に血が滴っていた。

「あれを喰らって立ってられるのは見上げたもんだが、そろそろ限界じゃね?」


 芙蓉の居場所を知っているという、金之助の言葉に乗った自分が浅はかだったと後悔しても後の祭り、珠蓮は戦いながら流風に目をやった。


(早く自力で縄を解いてくれ!)

 流風が拉致されていたのは誤算だった。

 金之助の餌食にするわけにはいかない。彼女が自由になるまでは時間を稼がなければならないと珠蓮は歯を食いしばったが、激痛に目の前が暗くなりはじめる。


 流風も焦っていた。

 珠蓮の劣勢は明らかだ、不死身の鬼でも痛みは人並みに感じているだろうし、流血が体力を奪っている。この手が抜ければ風刃が使えるのだが……。


 間に合わない!

 そう感じた瞬間、体が動いた。

 そのまま、金之助に体当たりした。


 不意を突かれて、金之助の巨体がバランスを崩したが、振り向きざまに爪を振った。

 流風は縛られた両手で受け取った。


 ブチンっ!

 縄が切断された。


 しかし爪は縄だけではなく、流風の手も傷つけた。

 傷は深く血が飛び散った。が、かまってはいられない。

 流風は次の動作で印を結んだ。


 風刃ふうじんが生まれる。


 それは流風に襲い掛かろうとしていた金之助の両眼にヒットした。

「ギャアアァァ!」

 金之助は両眼を押さえながらもんどり返った。

 視力を失い、パニックになって暴れまわる。


 流風の操る竜巻が狂気の金之助を包んだ。

 その中で四方八方から風刃の攻撃に晒される。

 切り刻まれた金之助は、ボロ雑巾のようになって倒れた。


「流風!」

 珠蓮は駆け寄り、金之助の爪で咲かれた腕を掴んだ。


 流風はその手を振り払って、

「まだよ!」

 鬼は切り刻まれたくらいでは死なない。


「とどめを」

 流風に促されて、珠蓮は横たわる金之助の胸に爪を食い込ませた。

 そして力を込め、心臓を握りつぶした。


 血に濡れた黒い剛毛がハラハラと抜ける。

 その下に屈強な体はなく、砂のような塊が見えた。

 ほどなくそれも崩れて、床に小山となって残った。


 それを見届けた珠蓮は流風の元に戻り、再び負傷した流風の手を取った。

 まだ血が止まらない傷口を見て青ざめる。


「どうしよう、爪にも鬼の毒はあるんだ、汚染される!」

 珠蓮は狼狽えながら、とにかく血を止める布がないか探した。自分が傷口に触れるわけにはいかない。


「汚染されたら、あたしも鬼になるの?」

「かも知れない」

「それでも、いい……かも」

「えっ?」


 珠蓮は驚きの目を流風に向けた。


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