第4話 鬼の伴侶 その8
「ここは妖世なん?」
目を覚ました幸恵が、すぐ傍にいた芙蓉に尋ねた。
幸恵は頑丈な鎖で拘束されていた。
「今、隠れ家にしてる別荘よ、持ち主の心臓は頂いたから、とうぶんここには誰も来ない」
芙蓉は冷ややかに答えた。
そこは市街地から離れた山間の別荘、広い敷地のログハウス風で、隣家とはかなり距離があるので隠れ家にはピッタリの場所だ。築年数は浅く、室内は贅沢な設えで、喧騒を離れて休日を静かに過ごすには快適だろう。
「そりゃ、妖世に居を構えられれば便利だけど、そんな妖力、あたしにはないわ、生粋の妖怪でない鬼には、妖世に隠れ家をつくる術は持ち合わせていない、そんなことも知らないの?」
芙蓉は蔑むような目を幸恵に向けた。
「金之助とは、ただ気ままに暮らしてただけやし」
幸恵は腕に食い込む鎖を気にしながら言った。
「まだ、鬼にされて日が浅いのね」
「もう二十年や、けど金之助の10分の1やもんな」
「あたしの25分の1ね」
「と言うと、五百年?」
「ベテランの域かしら、もっと生きている鬼もいるみたいだけど」
「ベテランのお姉さま、ちょっと緩めてくれへん? 痛いんやけど」
「弛めたら逃げるでしょ」
「まさか、無理なのはわかってる、五百年選手に敵うはずないもん、なんで一思いに殺さへんかったんか不思議なくらい、その人間もな」
とソファーに横たわる流風に目をやった。
両手両足を縄で縛られて、ソファーに寝かされている流風は、まだ気を失っていた。
公園で仁南、遥と話をしていた幸恵を見つけた流風は、有無も言わさず攻撃を仕掛けた。逃げる幸恵を追いかけている途中、突然、思わぬ攻撃を受けて不覚を取った。
それは芙蓉だった。
彼女も幸恵を捜していたのだった。
「なんで、連れてきたん? さっさと殺してしもたらエエやん」
「お前みたいに派手なことはしない、長生きの秘訣よ、それにこの子」
「なに?」
「迂闊に手を出すと、厄介なことになるのよ、強力なバックがついているから、彼女とは前に戦っているのよ、不思議な技を使って強かったわ、簡単に拘束できたのは、お前に気を取られすぎていたからよ、そして、仲間の化け猫もいなかったし」
「化け猫? そんなんがいんの」
「凶暴でめっぽう強い奴よ、彼女を捜しに来るかも」
「そうなんや、で、あたしはついでに連れて来られたってわけ?」
「お前も若そうだったから、あそこで殺したら遺体が残ると思ってね、正解だった、二十年じゃ、まだ砂にはならない」
「長生きした鬼は死ぬと砂になるの?」
知らなかった幸恵は目を丸くした。
「見たことないの?」
「ほかの鬼との接触はないし、金之助は上手に避けてた」
「そうね、姑息な奴だから、目立たないようにしなからも好き勝手してるのは知ってる、でも、お前はなぜあんな派手なことをしたの? 金之助の流儀に反するでしょ、ちょっと聞きたくなってね」
「なんでそんなことが知りたいん? アンタなんやろ、金之助が言うてた、彼の伴侶を殺す鬼って、なんで金之助の女を狙うん? もしかして嫉妬とか?」
「バカ言わないで」
芙蓉は吐き捨てるように言ってから、
「……最初は偶然だった、奴の連れ合いを殺したのは、その女が最期に言ったのよ、〝ありがとう〟って」
「ありがとう?」
幸恵は驚きの目向けた。
芙蓉は憂いに満ちた表情で静かに言った。
「それですべて悟ったわ、あいつが無理やり鬼にして連れまわしていたことを、あなたもそうじゃないの?」
「あたしは……」
「奴に噛まれた時、いくつだったの?」
「十五やった」
「あたしより年下だったのね」
「別によかってん、どうせつまらん人生やったし」
「十五年しか生きてないのに、なぜそんなことを、人生これからだったじゃない」
「そう言えるアンタは、きっと、人間やった頃、幸せに暮らしてたんやな」
幸恵の凍てついた横顔を見て、芙蓉は目を細めた。
「お前は違ったようね」
「幸恵って名前は、幸せに恵まれるようにって、父親がつけてくれたんや、その父が生きていたころは幸せ……やったんやろうな、今から思えば」
父親の優しい笑顔が幸恵の脳裏に浮かんだ。
「あの頃は自分が幸せやなんて実感もなかったし、それが当たり前やった、そうじゃなかったとわかったのは、父がいなくなってからや、あたしが十一歳の時、癌で亡くなったんや、そして一年も経たへんうちに母は再婚した」
幸恵は当時のことを回想した。