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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔

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第4話 鬼の伴侶 その7

 悠輪寺ゆうりんじの境内には、石のお地蔵様と五輪塔が並んでいる。そしてその奥には50センチくらいの高さの石が五つ並んでいた。


 千二百年の間に風雨に晒されて風化し、ただの石に見えるので、それが墓石だとは一見、気付かない。

 はるかはそれを見下ろしていた。


 仁南にながそっと横に立ったのに気付き、

「なにも刻んでないから、いや消えたのかも知れないけど、これが千二百年前、〝邪悪なモノ〟により日本が滅亡の危機に陥った時、強力な法力を持って戦った高僧たちの墓らしい、歴史には載らない英雄たちなんだって」

 墓石の説明をした。


 かすみ妖狐ようこに言っていた千二百年前の戦いとは、そのことだったのかと仁南は思い出した。そんな影の歴史があったなんて、にわかには信じられないが、ここには現実離れした事が存在するのは知っている。


流風るかはその時戦った高僧の一人の生まれ変わりなんだって、だから強い霊力と、かつて高僧が持っていた法力を受け継いでいるんだ。実はとおるもその一人なんだ、アイツも流風と同じように法力を持っている、だから真琴を護れるんだ。俺は……誰も護れない」


「あたしを護ってくれてるじゃない」

「俺が追い払えるのはせいぜい小妖怪だけだよ、お前ならすぐに自分で追い払えるようになる、俺なんか必要なくなるさ」

 遥は力なく笑った。


「そんなことないよ、ハル君がいてくれたら心強いし」

「大物に出くわしたら、俺のほうが助けられる羽目になってるし、情けないよ」

 それについて否定出来ない仁南は言葉に詰まった。


「俺のせいなんだ、すい姉さんが死んだのは」

 遥は消え入るような声で言った。

「えっ?」


「翠姉さんは侑斗ゆきとの実のお姉さんだ、五歳年上の彼女は俺の兄貴、颯太そうたと組んでハンターとして活動していた」

 遥に兄がいることを仁南はこの時はじめて知った。


「俺はまだ小六のガキだったけど、少々霊力があって見えるし、将来はハンターになれるって言われて有頂天だった。すでにハンターとして活躍している高二の兄貴は俺の自慢で憧れだった。だからあの日、兄貴と翠姉さんの狩りにこっそりついてったんだ。そして運悪く鬼と遭遇した。逃げ遅れた俺を庇って、翠姉さんは……」

 遥はギュッと拳を握りしめた。


「兄貴と翠姉さんは恋人同士だった、兄貴は俺を恨んでいる。もちろん実の姉を殺された侑斗も……。口には出さないさ、狩りで犠牲者が出るのは仕方ないことだ、危険な仕事と承知して、みんなハンターをしているし覚悟はしている。でも誰も俺を責めないことが余計に辛かった」


 流れる雲が太陽を隠し、降り注いでいた陽光を遮った。俯いた遥の顔がさらに沈んで見えた。


「翠姉さんの死を目の当たりにしたショックから立ち直れない俺を見かねた母親は、以前からオファーがあったロスの病院へ行くことにして、俺を連れて行った。高校卒業後、兄は東京の大学へ行った、家族までバラバラにしてしまったんだよ」


 いつも明るい笑顔の下にこんな悲しい過去を背負っていたのだと思うと、仁南は目頭が熱くなった。


「向こうにいる間、俺はハンターになるべく修業を積んだ、アメリカにも綾小路家と同じモンスターハントの組織はあるから……。それから三年、俺は翠姉さんの仇を討つためにハンターになったんだ。なのに肝心な時に行かせてもらえないなんて!」

 怒りに震えながら仁南に目を向けると、彼女はいつのまにか号泣していた。


「え……」

 涙で顔をクチャクチャにしながら鼻を啜る仁南を見て、遥の怒りが急速に萎えた。


「なんで泣いてるんだよ」

「だってぇ、ハル君もユキ君もそんな悲しい目に遭ってるなんて、知らなかったから」

「そりゃそうだろ、はじめて話したし」


 遥はホッと息をつきながら、仁南の頭にポンと手を乗せた。

「お前さ、もっと可愛く泣けないのか? そんな情けない顔見たらテンション下がったよ」

「ごめん……」


「いいや、落ち着いた」

 遥は仁南の耳元に顔を近付けて囁いた。

「ありがとう」


 仁南はガバッと上体をのけ反った。

 涙と赤面でさらに情けない顔になっている。

「だから、あたしで遊ばないで!」


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