第4話 鬼の伴侶 その3
結界だけではなく、遥はポケットの中で独鈷を握りしめて、ずっと臨戦態勢を取っていた。
「大切にされてるんやな、アンタ」
「ハル君は頼まれて、仕方なく護衛してくれてるだけよ、あたし妖に狙われやすいから」
「自分から近づいて来たくせに」
幸恵はクスっと笑みを漏らした。
「こいつの悪い癖だ」
遥は仁南を引き寄せた。
そんな二人を見て幸恵は、
「高校生やな、あたしもなりたかった」
遠い目をした。
「あなた、中学生くらい?」
「そう、高校へは行けへんかった、もし行けてたら、素敵な先輩と出会って恋に落ちる、そんな高校生活を送りたかったわ」
哀愁に満ちた表情はとても大人びて見えた。姿は中学生でも、きっと自分より長く生きているのだろうと仁南は思った。
「わかるっ、それって全国JKの夢よね、でも現実はそう甘くはないわよ、授業についてくも精一杯で、テスト勉強も大変よ、実際、カッコイイ先輩がポッと現れることもないし、かと言って捜してる余裕なんかないわよ、せいぜい運命の出会いを妄想するのが関の山って状態ね、あたしの場合は」
「そんな妄想してるし、授業についてけへんの違う?」
幸恵は突っ込んだ。
幸恵が憧れる高校生活なんて、その程度のものだと慰めてくれようとしているのがわかり、幸恵は少し嬉しかった。鬼になってから、こんなふうに自分を気遣ってくれる者などなかったから。
「あんたの場合、こんなイケメンが護衛についてたら、それ以上の人を探すのは難しいよな」
「そうなのよ」
仁南はチラリと遥に視線を流した。
「俺のせいかよ、だいたい、学校は勉強しにいくとこだろ」
また、いきなり鬼と女子トークだなんて、どういう神経してるんだ、と遥は呆れながら言った。
「特進の秀才さんたちはそうなのかも知れないけど」
「お前みたいにバカな妄想にうつつを抜かしてるほうが変なんだよ」
「どうせあたしは変態妄想女です」
「わかってるんなら、ちょっとは勉強しろよな、中間ボロボロだったんだろ」
「なんで知ってるのよ」
でもそれは、寄蟻に襲われたり、妖狐に拉致されたり、尋常でない出来事の連続だったからからだ! と仁南は叫びたかった。
そんな仁南と遥を見て幸恵はプッと噴き出した。
「アンタらって……」
しかし、すぐ真顔に戻って、
「あたしはもう高校生になれへんしアオハルは無理や、そやし、せめてあんたみたいなイケメンに狩られたいわ」
スクッと立ち上がった。
「けど、今はアカン!」
一瞬にして空気が緊張した。
幸恵の形相が変わったのを見て、遥は一歩退きながら、仁南を背中に隠した。
「まだ、やることが残ってるし」
目が不気味に赤く煌めく。
その時、別方向から、剥き出しの敵意とともに突風が吹き荒れた。
「わあっ!」
公園内にいた人々が声を上げた。
突然の強風が巻き上げた砂ぼこりに目を覆う子供たち。
帽子を飛ばされて追いかける老人。
混乱に紛れて、幸恵の元に風刃が飛来した。
軽く身をひるがえして避ける幸恵。
次の動作で木の上に飛び上がった。
そしてそのまま、姿を消した。