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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その4

 京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、悠輪寺ゆうりんじがある。


 かつては門の両脇で仁王様が侵入者を見張っていたが、二年半ほど前、トラックが突っ込んで炎上するという大事故に見舞われ、門は再建されたものの仁王様たちは不在のままだ。

 門扉はいつも開いているが、檀家は少なく、文化財もないこの悠輪寺を訪れる者は滅多にない。


 門をくぐると、右手には石のお地蔵様が微笑み、横に五輪塔が並んでいる。

 左手は無人の受付、その後ろに庫裡の建物が見える。


 正面奥には本堂がある。これも二年半前に焼失した後、再建されたばかりだった。

 その真新しい本堂を守るように大きな銀杏の木が囲んでいる。秋も深くなると落ち葉が黄金の絨毯を敷く。今はまだ芽吹き始めたばかりの緑の葉が陽光を浴びて輝いていた。


 その下を一人の僧が歩いていた。

 悠輪寺の住職、重賢じゅうけんは、つるつるに輝く頭、細い目がいつも微笑んでいるように見える柔和な顔をした老僧である。

 重賢は庫裏へと戻っていった。


 庫裏の室内は、古めかしい外観とは対照的に、普通のLDKで、フローリングの床、システムキッチンにテーブルセット、と洋風である。

 待ち構えていた侑斗ゆきとが重賢を迎えた。

「ほれ、書いてきたで」

 重賢は白い短冊状の紙を差し出した。


「ありがとうございます、重賢様の護符は効果絶大ですからね」

 侑斗は重賢から護符を受け取った。

「ほんま、こっちの都合お構いなしやな、用事があるのに」

 重賢はぼやきながら、ひとまず椅子に腰を下ろした。


「俺かて急に頼まれたんやし、緊急事態なんですよ、危険な妖怪が三百年ぶりに解き放たれて」

 沢本さわもと侑斗は、目つきが鋭くクールな感じのイケメン、長身で服の上からでも筋肉モリモリなのがわかる、ゴツイという言葉がピッタリのマッチョな体格で大人っぽく見えるが、まだ中学を卒業したばかりの十五歳の少年だ。しかし、極めて特殊な環境下にいた。


 京都に本家がある綾小路あやこうじ家は、平安時代から続く旧家で、現在、表向きは実業家だが、実は昔から妖怪退治を生業としていた。その組織は全国にあり、現在も鬼をはじめとする妖怪退治を請け負っている。

 沢本家は綾小路家とは親戚で、侑斗は霊力の強さ買われて、妖怪ハンターをしていた。


 マッチョな身体は訓練の賜物、身体能力が優れている上、沈着冷静で頭もキレる、若いが一人前のハンターとして認められる存在だ。

 今回も落雷で祠が倒壊したために逃げ出した妖怪を、再び封印する使命を急遽、与えられた。


「お前さん一人に任されたんか? 流風るかは?」

「なんか真琴まことと動いてるみたなんです」

「あの二人が? 珍しいなぁ」

「こんな時になにをしてるのやら」


 話題に上がった二人も綾小路の一族で、真琴は少々訳アリだが、流風は侑斗も認める優秀なハンターだ。

「あの二人が組むとは、よほどの大物を追ってるんやろな」

「そのようです」


「おっと、ゆっくり喋ってる場合や無い、そろそろ着く頃や」

「東京から来るって子ですか?」

「ああ、こっちへ来るのは九年ぶりらしいし、ハルに迎えを頼んだんや」

「俺のほうもハルに手伝ってもらおうと思ってたのに……、わざわざハルを行かせんでも一人で来れるでしょ」

「まあ、そうなんやけど、念のためにな」


「なんで引き受けたんですか? 女子高生に居候させるなんて面倒やないですか、それにここは普通のお寺じゃないですし」

「その子も、普通の子やないんや」


「普通やないって?」

 侑斗は眉をひそめた。

「見える子なんや、霊力が強いんやと思う、あやかしに纏わりつかれて難儀してるらしい、今のところ雑魚ばっかりらしいけど、いつかは大物に見つかって喰われる危険もあるやろうし、身を守るすべを教えられたらなと思てるんや」


「そんな訳ありやったんですか」

「昔、その子の大叔母にあたる人と親しくしててな」

 重賢は思いを馳せるように遠い目をした。

「彼女も強い霊力の持ち主やった、儂は彼女を護ってやれへんかったんや、そやしせめてその子の力になってやれたらなと思てな」

「その方、亡くなったんですか?」


 きっと妖怪がらみなのだろうと想像がついた。重賢とその子の大叔母に当たる人とはどんな関係だったのだろうと興味がわいたが、

「昔の話や」

 重賢があまりに寂しそうな目をしたので、侑斗はそれ以上聞くことを憚った。



   *   *   *



 人が立ち入ることのない山奥、枝葉を揺らす音だけが響いていた。

 二つの影が木々の間を高速で移動している。どちらも人間とは思えない身のこなしで、木々の間を駆け抜け、枝から枝へと飛び移って行く。


「ほんまにこっちなんか? 気配はないけど」

 並びかけた真琴まこと流風るかに声をかけた。

 流風はスピードを落として答えた。

「たぶん」

「たぶんかいっ」


 綾小路流風は少し癖のあるショートヘアー、キリッとした眉に二重の目が綺麗だが、感情が見えない貼り付けたような無表情の美少女。

 七瀬真琴はストレートのロングヘアーを靡かせる、色白で端正な顔立ち、少しキツそうな目が印象的な、こちらもかなりの美少女だ。

 二人ともこの春から高校二年になる。


 流風は綾小路家のハンター、エースと呼べる実力者だ。ふだんは侑斗や遥と組んで狩りをしているが、この時は、ハンターではないが綾小路の親族である真琴と行動を共にしていた。真琴の祖父、掬真きくまがかつてハンターだったので、狩りの仕事は心得ている。

 今回、流風が追っている奴とは、真琴も因縁があるので、協力することにしたのだった。


「ハンターが何人か行方不明になっている」

 数日前、流風はその話を聞いて調査に乗り出した。慎重なはずのベテランが姿を消しているので、小物じゃないと踏んだ。そして、彼女の勘は、かつて遭遇したあの女だと言っていた。


「もしあの女やったら、あたしを氷詰めにするような奴や、普通のハンターでは太刀打ちできひんやろな」

 かつて遭遇した時、真琴は危うく殺されるところだった。


「あたしたち二度も逃してる」

「二度目は空振りやったやん、見つけられへんかって」

「あの時も情報は確かだったのに」

「一度目に時仕留めてたら、新しい犠牲者は出なかったんやな、けど、また現れるなんて、エエ度胸してるやん」


「ハンターは霊力が高いからご馳走なのよ」

「舐められたもんやな」

「でも、今度こそ仕留める」

「そやな」


 その時、流風がハッとしてポケットからスマホを出す。

「待って、ハルから」

「今日は重賢さんのお使いじゃ」

「なにかに巻き込まれたみたい」

「ハルが助けを求めるなんて、よっぽどのことちゃうん? まさかハンター狙いの」

「かもね」

「マズイやん、もしあの女やったら、ハルなんかひとたまりもないで」

「今はまだ生きてる、この近くよ」

よ助けに行かな!」


 二人はスピードを上げ、さらに山奥へと進んだ。


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