第4話 鬼の伴侶 その1
「綺麗やで、愛恵」
鏡には、ウエディングドレス姿の花嫁とその母、和美が映っていた。
ほんのり頬を赤らめ、幸せの絶頂にいる愛恵は、すっかり支度を整え、控室で開式までの時間を母娘水入らずで待っていた。
「遅くに授かった可愛い一人娘やし、お父さんはもっと手元に置いておきたかったんやろうけど、あんたの幸せをなにより願ってるんや」
「うん、きっと幸せになるわ、早よ孫を抱かせてあげるわな」
「楽しみにしてるわ」
コンコン。
ドアがノックされた。
「お父さんやろか」
和美がドアを開けると、大きな花束が目の前に。
「お祝いが届いております」
花束を手にした女性が入室した。
まっすぐ愛恵の元へ。
「ありがと」
言い終わらないうちに、女は花束を投げ捨て次の動作で愛恵の首に左手をかけた。
「うっ!」
小柄な女は片手で愛恵の首を掴んで締め上げる。
「なにすんの!」
それを見た和美は愛恵の元へ駆け寄った。
が、女の一蹴りで、壁まで吹っ飛ばされた。
女は愛恵の足が床から浮き上がるほど力を込めた。
愛恵は声も出せない。
小柄な女性の力で、片手で自分より大柄な愛恵を吊り上げるなんて考えられない。飛ばされた和美はそれを見上げながら、愕然とした。
「あんた……」
悲鳴を上げるのも忘れて小柄な女の顔を見た。
それは女性と言うより、まだ十四、五歳の少女だった。
そしてその顔に、見覚えがあった。
「あたしの顔、忘れてへんかったようやな」
少女は愛恵を締め上げながら、尻もちをついている和美に振り向いた。
「まさか、そんな」
和美の顔から血の気が引いた。
その様子を見て少女は満足そうに、
「あたしが誰か、教えてあげたら?」
不敵な笑みを浮かべた。
「ほら、言うてみ、お前ができたせいで捨てられた、父親違いの姉やて」
和美の唇がワナワナと震えた。
「そんな……、幸恵は二十年も前に家出して、消息もわからんまま」
「捜しもしいひんかったもんな」
「もう三十五歳のはず、いくら若作りしても……」
どう見ても三十五歳には見えない少女の顔。
「あたしはあの時のままや、死んで化けて出てきたんやしな」
和美は幸恵の足に縋りついた。
「あたしらにはなんの罪もない、恨むならあの人やろ」
「お、母さん、助け、て」
苦しい息の下から、愛恵は声を絞り出した。
そんな彼女を憎悪に満ちた目で見ながら、
「自分がなんでこんな目に遭わんならんのか、訳も分からず、幸せになる目前で死んだらいいねん」
空いている右手を、愛恵の胸に突き刺した。
その手は黒い剛毛に覆われ、鋭い爪が伸びていた。
「いいや、今までかてじゅうぶん幸せやったよな」
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、心臓をえぐり取る。
純白のウエディングドレスが血に染まった。
引き抜いた掌には愛恵の心臓が握られていた。
それを、和美の顔を見ながら、口に運んだ。
クチャクチャと不気味な咀嚼音が響いた。
口の端から血が零れる。
「ギャアアァァ!!」
和美はやっと忘れていた悲鳴をあげた。
しかし、その叫びは、プツッと切れる。
口から血が噴き出した。
愛恵同様、心臓がえぐり取られた。
カッと見開いたままの和美の目。
その瞳がまだ幸恵の顔を映しているのかはわからなかったが、その恐怖に満ちた形相を見ながら、幸恵は和美の心臓を食べた。
「どうしたんや!」
ほどなく悲鳴を聞きつけた父親と花婿、関係者が室内に雪崩れ込んだ。
すでに幸恵の姿はなく、惨殺された二人の遺体が血の海の中に横たわっていた。