第3話 狐の嫁入り その11
「なんの騒ぎだ」
全員が注目する中、不機嫌な声を上げながら入ってきたのは、妖狐の現当主、曙だった。
人間の姿をしている見た目は暁同様、眉目秀麗な美青年、しかし何百年も生きている大妖怪だ。どうやら狐は外見にこだわりがあるようで、年齢に関係なく美青年に変化するようだ。
破壊の限りを尽くされた広間の様子に目を見張った。
そして、その顔に沸々と怒りがこみ上げた。
「なんなんだ、この有様は!」
霞に生気を吸い取られて毛皮の敷物となり果てた妖狐の残骸を見、丸焦げで横たわる暁を見た。
そして、見慣れない来訪者たちに視線を流した。
「お前たちの仕業か!」
言葉とともに発せられた妖気の圧は凄まじく、来訪者たちに圧し掛かり、身の毛がよだつ不快感を与えた。
「ち、父上……」
瀕死状態だがまだ息があった暁が顔を上げた。
「こいつらが……」
ボロボロの体を起こし、力を振り絞って曙の元へ這ってきた。
曙は惨めな息子の姿を一瞥してから、来訪者に鋭い視線を向けた。
「賊か」
「違うぞ、招かれてはいないがな」
霞が代表して一歩前に出た。
「そちらが悪いのだ、わたしの友を拉致したのだから」
「なに? どういうことだ」
這いつくばる暁に視線を落とした。
「こいつ等が東宮を滅茶滅茶にしたんです」
暁は縋るような目で曙を見上げ、虚勢を張って見せた。
「父上が来た以上、ただで済むと思うなよ」
「ただで済まないのはお前の方だろ」
霞は腰に手を当てふんぞり返った。
「そのバカ息子は、霊力の強い人間に自分の子を産ませようと攫ったのだ。よりにもよってわたしの加護の元にある人間をな、勝手な真似はさせぬぞ」
「いつから加護されてるんや?」
真琴は瑞羽に耳打ちした。
「さあ?」
曙は人間の姿の霞にじっと目を凝らした。
「お前は」
「お前に、お前呼ばわりされる筋合いはない」
「聞いておるぞ、千二百年ぶりに目覚めた白い大蛇の噂は」
「噂か、じい様あたりから直接聞いてはおらんのか? わたしの武勇伝を」
霞はフンっと鼻で笑い。
「ああ、そうだったな、お前たち妖狐はいち早く逃げて隠れておったから、見てはいないのか、千二百年前の戦いを」
「う……」
悔しそうな顔をしながら曙は言葉に詰まった。
「少しは知ってはいるようだな」
ツンと顎を上げる霞を見て、暁はなおも息巻いた。
「なにをゴチャゴチャ言ってるんだ、たかが蛇一匹で妖狐の軍団を相手にしようと言うのか? こんな奴ら、早く片付けちまってくださいよ、父上!」
「お前は黙っておれ!」
曙の叫びとともに発せられた妖気に押され、暁は顔面を床に突っ伏した。
「わたしの横には、あの時、共に戦った者たちがいることを忘れるな、今後、わたしの目の届くところでの愚行は慎むように」
「わ、わかった」
「父上!」
素直に従う父親を見て慌てる暁に、霞はさげすんだ目を向けた。
「お前も苦労するな、こんな阿呆が後継ぎとは」
曙は握り拳をワナワナと震わせながら、沈んだ声で言った。
「今日のところはお帰り願おうか」
「詫びの言葉もなしか? 当主のプライドか? 皆の前では頭を下げられないか」
霞は調子に乗って追い詰めようとするが、真琴が霞の肘をつついて止めた。
「もうエエやん、さんざん食い散らかしたんやし、さっさと帰ろ」
「霞、帰ろう」
瀕死の珠蓮に肩を貸しながら、流風も言った。
「そうか、お前がそう言うなら……」
霞は渋々ながら二人に従うことにした。
「レンは霞に頼んだら? 流風が背負っていくのは無理やろ」
珠蓮の状態を見て、真琴が言った。
「えーっ、汚らしい鬼を背負うのか? 高貴なわたしが」
「お願い」
「仕方ないのぉ」
霞は智風の生まれ変わりである流風の頼みは断れない。
「あとは歩けるか?」
真琴は遥と仁南、瑞羽を気遣った。
「あたしは大丈夫や」
瑞羽は言ったが、
「俺たちも、怪我はないけど」
遥は腕の中でグッタリしている仁南を見下ろした。
完全に気絶している仁南を、遥はお姫様抱っこし直した。
「また絞め殺しそうになったの?」
流風が軽蔑の眼差しを向けた。
「違うし」
右目から血の涙が零れた跡がある。
それに気付いた霞が眉をひそめた。
「ええい、辛気臭い、わたしがまとめて運んでやるから、こちらに集まれ」
霞は大蛇に変化した。
「そう言ってくれると思たわ」
真琴が一番に駆け寄った。
全員が霞の傍に集まると、霞の体は輝く光の玉に変化した。
それが全員を包み込んだ。
光の玉は雷を落とした時に出来た天井の穴に、吸い込まれるように舞い上がった。
その様子を曙は憮然としながら見送った。




