第3話 狐の嫁入り その10
「これで真琴も思う存分暴れられる」
結界の中で遥が言った。
「あたしらを気にして、妖力を全開に出来ひんかったんやな」
「それにしてもハル、いつの間にこんなに腕を上げたん?」
安全地帯の中で、瑞羽は目を丸くしていた。
「俺の力じゃない」
まだしがみついている仁南を見下ろす。
「そう言えば妖狐が強い霊力の持ち主って言うてたけど、何者?」
「悠輪寺の居候」
「ただの居候違うやろ」
「そうだな」
「ハルの彼女やったん?」
「違います!」
素早く反応して顔を上げる仁南。
「そこはいちいち否定しないで流しとけば?」
「だって誤解されたらハル君が」
「お前……」
その時、遥は初めて仁南の右目が真っ赤になっていることに気付いた。
「また右目の?」
「たぶん」
「そうか、遅れて悪かったな」
「ううん、来てくれて嬉しかった」
瑞羽は見つめあう二人を見て、
「これって、どう見てもラブラブやん」
「だから違いますって」
また否定する仁南を、遥は無造作に抱きよせた。
「ほら、集中して、結界が弱まる」
「彼女の力なの?」
瑞羽は不可解そうに眉をひそめた。
「俺の霊力増幅装置」
「そんなことができるの?」
「俺たち、波長が合うらしい」
「でも、いつまで持つかしら」
瑞羽は不安げに戦闘状況を窺った。
真琴は数に勝る妖狐たちに手間取っている。
珠蓮の方も、一回り巨大な暁相手に劣勢なのは一目瞭然だ。
「大丈夫、もうすぐ来るし」
遥はたよりなげな笑みを浮かべた。
ちょうどその時、中央に光の玉が出現した。
眩さに、周囲の者たちは一瞬、目を細めた。
光はすぐに収まり、そこに流風と人間の姿をした霞が現れた。
妖艶な笑みを浮かべる美しい女性の霞、しかし、仁南には白い大蛇の姿が見えていた。
「あれは……」
仁南が霞の真の姿を見て怯えていると思った遥は、
「大丈夫、味方だ」
今度は余裕の笑みを向けた。
戦いの真っ只中に遅れて登場した流風と霞は、状況を見極めようと全体に視線を巡らせた。
瑞羽と仁南、遥は強固な結界の中で安全。
真琴は多勢の雑魚に手間取っているものの優勢だ。
最もピンチなのは……。
流風は風刃を繰り出した。
珠蓮にとどめを刺そうとして背を向けていた暁の両脇腹にヒットする。
「ギャアッ!!」
暁は激痛にもんどり打った。
しかし、すぐに体制を整えて、流風に向き直った。
その眼は怒りに燃え、牙を剝き出しに襲い掛かろうとした。
次の瞬間。
霞は右手を突き上げた、かと思うと、矢のような稲光が暁に直撃した。
「ギャアアァァ!!」
その衝撃は凄まじく、放電が遥の結界をも砕いた。
パリン!!
破られた結界とともに、中にいた三人は弾き出された。
瑞羽は受け身で一回転して立ち上がった。
仁南を抱えたままの遥は、庇う形で床に転がった。
至近距離だったが咄嗟に風のバリアで防いだ流風は影響を受けていない。
暁によって深手を負わされていた珠蓮は、さらに感電してノックアウト状態になっていた。
直撃を受けた暁は、黒焦げになり、プスプスと燻りながら横たわった。
自慢の銀色の毛皮は見る影もなく焼け爛れた。
白目を剝いて戦闘続行不可能な状態。
リーダーの敗北を見た配下の妖狐たち、感電して動きは緩慢だったが、我先にと逃げ出そうとしていた。
「逃がさんぞ」
霞は白い大蛇に変化した。
逃げようとしていた妖狐二匹を口にくわえる。
妖狐はたちまち生気を吸い取られ、中身のない毛皮と化して床に打ち捨てられた。
続いて、出入口に向かう妖狐を尻尾で遮って弾き飛ばす。
そして大口でキャッチ。
また生気を吸い取ってから吐き捨てた。
出入口は霞の尾でふさがれ、逃げ道がなく怯える妖狐を、霞は次々と餌食にしていった。
その様子を、呆れながら見る瑞羽、立ち上がった遥と仁南は驚愕の眼差しを向けている。
人間の姿に戻った真琴は、乱れた髪を櫛でとかしながら、
「なにしに来たんや」
軽蔑の言葉を漏らした。
流風は珠蓮の元へ駆け寄った。
珠蓮は人間の姿に戻っていた。
鬼の黒い剛毛の下ではわかりにくかった傷の深さが、人間の皮膚で一目瞭然になった。
全身傷だらけの珠蓮の顔を、流風は心配そうに覗き込んだ。
「この程度で死にはしない」
珠蓮は目を逸らしながら言った。
流風の実力はよく知っている珠蓮だったが、男の意地が邪魔をして〝助けてくれてありがとう〟と素直に言えなかった。
流風はハンカチで傷を押さえた。
「痛っ」
不死身の鬼でも痛みは人並みに感じる。
その時、ズーン!とひときわ大きな妖気が出現した。