第3話 狐の嫁入り その9
横っ面に一撃を受けた暁は吹っ飛ばされた。
そして、それを放った体長3メートルくらいの真っ黒な獣が立っていた。
(鬼!)
真眼で珠蓮の正体は見ていたが、実際目の当たりにしたのは初めてだ。
芙蓉も、一度も本性を現さなかったし、響もその前に殺された。
黒い体毛はゴワゴワしていて艶もなく使い古したモップのようだ、口元からはみ出す黄ばんだ鋭い牙、唾液が口角からだらしなく漏れて醜悪さを際立たせる。赤い目はよどんだ鈍い光を放っていた。
(これが、珠蓮の鬼の姿……)
仁南の胸がズキン!と痛んだ。
無性に切なく、目頭が熱くなった。
愕然と珠蓮の姿に釘付けられていた仁南は、後ろから抱えられ、玉座から降ろされた。
その腕の感触は良く知っている。
「間に合った」
仁南は振り返ると同時に、遥の胸に顔をうずめた。怖かったからだけじゃない、珠蓮の姿を見て悲しかったからだ。
遥は震える肩をギュッと抱きしめた。
「もう大丈夫、真琴も来てる」
真琴はまだ変化していないが、瑞羽の方に駆け付けていた。
幸い竜巻に煽られた瓦礫の直撃は受けていない。
不意を突かれて吹っ飛ばされた暁だが、すぐに立ち上がり、鬼の珠蓮と対峙した。いつの間にか竜巻は止んでいた。
「お前の仕業か? まさかな、鬼にこんな術が使え」
暁が言い終わらないうちに、珠蓮は次の一撃を繰り出していた。
しかし、今度はヒラリと交わされた。
「なんのつもりか知らんが、下賤な鬼が、高貴な妖狐に歯向かうとは、いい度胸だ」
暁も本来の姿に戻る。
銀色に輝く毛皮を纏った妖狐は珠蓮より一回り大きい。ツンと伸びた口元には鋭い牙が並び、切れ長の目に赤い隈取りが美しい自我自賛しただけはある優雅な佇まいだった。
二匹の猛獣の戦いがはじまった。
大きく口を開けて牙をむき出し、威嚇する。
放たれた妖気に、空気が振動して天井を揺らす。
珠蓮は果敢に飛び掛かったが、最初の一撃は不意を突かれたので食らった暁だったが、二度目は簡単にいかない。しなやかな動きで交わすと、流れるような動作で逆に爪を立てた。
暁の爪が珠蓮の背中を引っ掻く。
一回り大きい暁の一撃は珠蓮の背中を大きくえぐり、血が飛び散った。
続いて暁の長い尾が珠蓮の横っ面にヒットする、珠蓮は吹っ飛ばされて壁に打ち付けられた。
床に転がる珠蓮、壁にはベットリとどす黒い血の跡、倒れた珠蓮の黒い剛毛が、血に染まっていた。
暁の前足は、銀色の毛が珠蓮の血で汚れていた。
「おえっ、汚れちまった、鬼の血は臭すぎる」
前足の臭いを嗅いで、鼻に皺を寄せた。
「珠蓮さんが!」
珠蓮の劣勢を見ていた仁南は悲痛な叫びをあげた。
しかし、どうすることもできない。
それどころか、難を逃れた配下の妖狐たちも暁ほどの大きさではないが妖狐の姿に戻り、遥と仁南に迫っていた。
「ちっ!」
それにいち早く気付いた真琴は金茶色の巨大猫に変化した。
しなやかな跳躍で遥たちと妖狐たちの間に割って入る。
多勢に無勢だが、真琴の一吠えは巨大な妖気を放出し、飛び掛かる妖狐を蹴散らした。妖狐たちは妖気のオーラに弾かれて真琴に近づけなかった。
しかし、すべてを防ぎきれずに、隙を縫って再び遥と仁南を狙う。
遥は護符を投げつけて防御した。
瑞羽も駆け寄り、隠し持っていた小刀で応戦した。仁南を庇い身動きが取れない遥と違い、機敏な動作で妖狐の目を狙って切り裂いていく。
「瑞羽姉、結界を張るからこっちへ」
遥が叫んだ。
「こんなとこで、通用しいひん!」
瑞羽は小刀を振りながら遥に言ったが、
「手伝ってくれるね、仁南」
遥にそう言われ、具体的にどうすればいいのか分かっていない仁南だったが、コクっと頷いた。
自分は遥に霊力を与えられることはわかっている、じゃあ、どうやって……と考え、遥の背中に手を回してしっかり抱きついた。
あの時のように二人の鼓動が重なり、同じリズムで刻まれた。
遥は仁南の鼓動を感じながら、重賢譲りの護符を口に銜えて印を結んだ。
透き通った青いバリアが三人を囲んだ。
「すごい」
一目で強固とわかる結界に、瑞羽は目を見張った。
飛び掛かる妖狐は、弾かれて入ってこれない。
真琴の金色の瞳がその様子を捉えた。
そして思う存分、妖力を振るえることを確信した。
グオオォォォ!!
真琴の雄叫びとともに放たれた妖気に、妖狐たちが吹っ飛んだ。




