第3話 狐の嫁入り その8
右目に不信感を持たれた仁南は慌てた。
「隠してなんか……」
白々しく目を伏せながら、追及されたらどうしようと焦ったが、暁の興味はそれほどではなかったようだ。
「歳は?」
暁は仁南の体をなめ回すように見た。
「十五だけど」
「ちょうど食べごろだ、元気な子を産めるぞ」
「人間世界では十五歳って言ったらまだ未成年で、結婚できる年齢じゃないんですけど」
暁は顔を背ける仁南の腕を掴んで、強引に引き寄せた。
「いや、十分だ」
「あとの三人はお前たちの好きにしていいぞ」
「ありがとうございます」
言うや否や、整列していた妖狐たちはいっせいに、三人を囲んだ。
「なにすんねん!」
瑞羽の叫びなど耳に入らない。
妖狐たちは女たちの身ぐるみを剥ぎ取り、その体を舐めまわした。そして、自我のない彼女たちを次々と強姦していく。
あまりにショッキングな光景に仁南は目を背けた。
(なぜ、こんなものを見せるの!)
目を背けていても、なにが起きているのか脳裏に浮かんだ。
彼女たちはレイプされていることもわかっていない。それがせめてもの救いなのだろうか、違う! こんな目に遭っていいはずない! 仁南は心の中で叫んだが、恐怖のあまり声にはならなかった。次は自分の番だと予感して怖気づき、凍り付いた。
数分後、生気を吸い取られて干からびた彼女たちの屍が横たわった。
「怯えるな、花嫁を食い殺しはしない、愛でてやるさ」
恐怖に身をすくめている仁南を、暁は抱き寄せた。
全身が硬直して拒否しているが強い力に抗えない。
「さて、さっそく味見させてもらおう」
「え……?」
「皆の見ている前のほうが、興奮するし、俺の子だと証明にもなるだろ」
「えええっっ!!」
玉座の豪華な椅子が、ベッドに早変わりした。
こんな仕掛けがあるなんて、冗談みたい、と目を見張っている場合ではない。
「まだ男は知らないんだろ、たっぷり教えてやるからな」
こめかみを冷や汗が伝い、胃液がこみ上げる不快感に襲われる。
遥に抱きしめられるのは全然違う。いくらイケメンに変化していても、仁南の目には獣しか映っていない。毛むくじゃらの異形の獣に捕らわれているのだ。
遥の肌はスベスベしていた。力強いけど優しく抱きしめてくれた。心臓の鼓動も音楽を奏でるように穏やかなリズムだった。ああ、もう一度、彼に抱きしめられたい……と仁南の頭の中は遥でいっぱいになった。
「我らがなぜ、美しい人間に変化しているかわかるか? それはお前たち人間に情けをかけてやっているのだ、我らが人間の生気を喰らうとき、最期に獣の姿を見るより、眉目秀麗な尊顔を見ながら死んでいくほうがイイだろ?」
(いやいや、あたしの場合は醜悪な妖怪の本性が見えてるし)
仁南は心の中でぼやいたが、今、そんなことを言っても怒らせるだけだ。
仁南はベッドに押し倒された。
生臭い息が首筋に吹きかかる。
全身に鳥肌が立った。
暁の唇が仁南の唇に重ねられようとした時、仁南の右目に激痛が走った。
次の瞬間。
広間が大きく揺れた。
巨大地震に見舞われたような揺れ、しかし、ここは妖世、地震が起きるはずない空間だ。
バランスを崩した暁は、シーツに顔を突っ伏した。
「なんだ!」
すぐに起き上がり、周囲を見渡した。
広間はギシギシと音を立てて揺れている。
天井、柱、壁に亀裂が入る。
続いて、室内に竜巻が発生した。
剥がれ落ちた壁板が風に煽られて飛び交う。
竜巻が起こした風はキーンと金属音を立ててぶつかり合う。それはかまいたちのように妖狐に襲い掛かった。
逃げる間もなく切り裂かれて倒れる妖狐たち。
たちまち床は血の海になった。
「なんなんだ、これは!」
吹きすさぶ竜巻は収まらずに、室内を破壊し続けていた。
「なにが起きてる……」
暁は訳がわからず愕然とした。
押し倒された仁南はその隙に起き上がって、惨状を見渡した。
「うっ……」
さらに右目が痛んだ。
押さえると生暖かい感触が手に伝った。
(これは、右目の悪魔の仕業なの?)
「お前……」
暁は仁南の右目から、涙のように血が零れていることに気付いた。
「まさかお前が!?」
仁南の首に手をかけようとした。
その時、
凄まじい一撃が暁の頬に直撃した。