第3話 狐の嫁入り その7
玉座の豪華な椅子に座る美しい男の周囲には、これまた美形の若い配下が数人控えている。
しかし正体を見抜いている仁南は、稲荷神社に鎮座する狐の石像のようだと思って、なんだか笑いがこみ上げ、堪えるのに必死だった。
「あんたも頭変になったん? なに笑ろてんの」
しかし、横にいる瑞羽にバレていた。
「だって、狐ですよ、なんで美男に化けてるかは知らないけど、今にもコンコンって鳴きそうだし」
「アンタねぇ」
さっきまでは喰われると怯えていたのに、打って変わって緊張感のなさに瑞羽は呆れた。
「ほう、我らの真の姿が見えてるのか?」
玉座の男が言った。
「まずいんじゃない?」
仁南に耳打ちする瑞羽。つい調子に乗ったと仁南は後悔した。
「俺は暁、妖狐の次期当主だ、お前、名前は?」
視線は瑞羽に向いていた。
「瑞羽」
「この中では一番の美人だな」
「それはどうも」
「だが、ちと年を取り過ぎてはいないか? 俺が望むのは若い生娘だぞ、これはどう見ても」
「失礼な! まだ二十二よ」
「この女は、少々年は食っていますが霊力は申し分ありません、なんせ、綾小路家のハンターですからね、それにこの美しさ、優雅さ、これほどの美女はなかなかいないですよ」
配下の一人が説明した。
「面白い、妖怪退治屋の娘が妖怪の妻になるもの有かな」
「妻って、どういうことなの?」
「説明しよう」
配下の筆頭らしき妖狐が一歩前に出た。
「ここにおあす暁様は、ゆくゆくは妖狐を束ねる当主になられる、その日のために身を固めようとお考えなのだ、暁様の妻の座を狙う女狐どもは数知れず、しかし、暁様は欲に目が眩んだ女狐よりも、霊力の強い人間を妻に迎えようとされておる、なぜなら! 大妖怪と霊力の強い人間との間に生まれる半妖は、桁外れの妖力を持って生まれることが多いからだ」
それを聞いた瑞羽の脳裏に真琴が浮かんだ。
奴らは、自分たちに真琴のような半妖を産ませようとしていると知り、ゾッと悪寒が走った。
「妖狐の将来を考えてのこと、本来なら、霊力の強い人間の生気を喰らわば、我ら妖怪は力が増強する、妖狐一族を統治するにはそれでも十分なのだが、聡明な暁様は未来を見ておられるのだ、生存競争が激しい妖怪世界で生き残るには、強い子孫が必要だからな」
言い終わって配下の筆頭はコホンと息をついた。
「そう言う訳で、我らが霊力の強い、年頃の娘を捜して招いたんだ」
「招いたんじゃなくて、無理やり連れ込んだんやろ」
「光栄だろう、妖狐の当主となられる暁様の嫁候補に選ばれたんだぞ」
仁南も半妖である真琴のことを考えていた。あんなにすごい力を持っているということは、彼女の母親は霊力の強い女性だったのだろうか? と仁南は思った。まだ、彼女の生い立ちは聞かされていないが。
「それにしても、もっと集められなかったのか? 選ぶと言っても二択じゃなないか」
暁は自我を失っている三人に目を流した。
「なにぶん急なことで時間がなかったものですから、お気に召さなければ、時間をかけて全国を回り捜してまいりますが」
配下の妖狐は深々と頭を下げた。
「いや、いい」
暁は仁南に鋭い目を向けた。
「お前、名前は?」
暁は舐めるような目で仁南を見た。
「佐伯仁南」
「そうか、仁南、正妻はお前だ、瑞羽は美しいが、妾くらいがちょうどいいだろう」
「なんですって、失礼な!」
「確かに霊力は断トツですが、見栄えがイマイチですな、暁様の嫁として表に出すならちゃんとした美人の方がよいかと」
配下の妖狐が申し訳なさそうに言った。
「着飾ればなんとかなるだろう、顔はベールで隠せばいいし」
暁は仁南をマジマジと見ながら言った。
妖狐たちの会話を聞いて、
「なんかメチャ失礼なこと言われてるで、アンタ」
瑞羽は仁南に耳打ちした。
「仕方ありません、客観的に見て的を射てますから」
自分の容姿に自信がない仁南は苦笑いするしかない。
「美人は三日で見飽きるって言うだろ、これくらいが飽きなくてちょうどいい、それに、ダントツどころか、桁違いの霊力を秘めているぞ」
暁は玉座から降りて、仁南に近づいた。
「ああ、美味そうな匂いだ、間違って喰ってしまいそうだ」
仁南に顔を近付けて覗き込む。
「それに、この右目、なにを隠している」