第3話 狐の嫁入り その6
「うちは案内だけやさかいな、着いたらとっとと消えるで」
「はいはい、わかってる、アンタの性格は」
「連れてったるだけでも、ありがたく思いや」
「思てるって」
貉婆を先頭に、真琴、珠蓮、遥は白い霧の中を歩いていた。
1メートル先も見えない濃さ、貉婆を見失わないようにみんな間を開けずに歩いていた。
「妖気が濃くなってきたな、ハルは大丈夫か?」
珠蓮は普通の人間である遥を気遣った。
「平気だよ」
「ちょっとの間に、ずいぶんと霊力が増したなぁ、あの娘のお陰か?」
貉婆は振り返って、意味ありげな横目を遥に向けた。
「あの娘って、仁南を知ってるか?」
「貉婆はアンタらが鬼に拉致されるのを見てたんや、な、ただ見てただけ」
真琴が非難がましく言った。
「知らせてやったやろ」
「自分の小屋を守るためにな」
「お陰様で、空間の歪みはなくなったわい」
貉婆は満足そうに欠けた前歯を覗かせた。
「あの娘、喰われてへんかったらエエけどなぁ」
「大丈夫や!」
真琴がムキになって言い切った。
「喰うつもりやったら、その場で済む、連れ帰ったってことは何かほかの目的があるんやと思う」
「そういえば、次期当主と目される暁が、嫁を捜してるって聞いたことあるな、なら目指すは東宮のほうか」
貉婆は思い出した。
「嫁? 人間の?」
「霊力の強い人間と妖の間に生まれた子供は、桁外れの妖力を持って生まれることがある、お前さんみたいにな」
枯れ枝のような指先を向けられ、真琴は思わずのけ反った。
「仁南が選ばれたんか?」
「けど、正妻にするなら生娘を好むやろ、お手付きではなぁ」
貉婆はジロッと遥を横目で見た。
その視線に気づき、
「はあ?」
「ぎょうさんの霊力を吸収するには、手籠めにするのが一番手っ取り早いやろ」
「なっ!」
言葉に詰まった遥の胸ぐらを、真琴が掴み上げた。
「アンタ、まさか!」
「待てよ、なにもしてないよ」
「仁南はちょっと変わってるけど、イイ子なんやで、傷つけたら許さへんで」
「さんざん煽っといて、なに言ってんだ」
「煽ったん違う、警告のつもりやったんや」
「いくら俺でもあんな初心な子に手は出さないよ、だいたい、無理やりそんなことしようもんなら、右目の悪魔が発動するだろ」
「無理やりやったらな」
真琴は掴んでいた手を緩めた。
「アンタ、自分が他人からどう見えるかわかってるやろ、アンタは利用するために近付いてるだけやろうけど、あんな風にされたら……」
「なんだよ」
「しょせん高根の花、少女漫画では、冴えない女子がイケメンと出会ってハッピーエンドが王道やけど、現実ではそんなこと起こらへんのはわかってるって、仁南は自分に言い聞かせてるけど、心は思い通りにならへんもんや」
遥は返す言葉がみつからず、終始黙っていた珠蓮の胸板を、八つ当たりするように拳固で叩いた。
「なんだよ、いきなり」
「おしゃべりはそこまでや、着いたで」
貉婆が歩みを止めた。
前方に大きな門が現れた。
「ここは妖狐の里の東宮、次期当主、暁の住まいや」