第3話 狐の嫁入り その4
ふかふかの羽根布団が乗ったベッドは、レースフリフリのベッドカバーがかけられている。
テーブルに椅子が二脚、ドアの向こうはユニットバスだろう。
一見、ホテルの一室のような室内。
ただ一つ、ドアがあるはずの壁はなく、鉄格子がはまっていることを除いては。
どうやらここは居心地のいい部屋にしつらえた牢獄のようだ。
気が付くと仁南はそこに監禁されていた。
「えっとぉ……また拉致されたのかしら?」
思わず呟いた。
その時、すすり泣く声が聞こえた。
仁南は鉄格子に張り付いて外の様子を窺おうとしたが、病院のような白い通路しか見えない。右隣にも同じような牢屋があるようで、そこから聞こえるようだが見えなかった。
「誰かいるの?」
声をかけてみる。
しかし、すすり泣いている人物からは答えはなかった。
「こっちよ」
左側から女性の声で応答があった。
仁南はそちらの端へ向かった。
「あんたは大丈夫なんか?」
「いやいや、拉致されたんだから大丈夫じゃないでしょ」
大丈夫の意味が理解できずに仁南はそう答えた。
「そうじゃなくて、正気かってこと」
「えっ? 正気……だと思うけど」
「ここは妖怪のテリトリーや、妖気に当てられて普通の人間は正気を保てんようになるんやけど」
「あたし、平気みたい」
「ほな強い霊力の持ち主なんやな」
「そう言うあなたも」
「あたしは綾小路瑞羽、普段から妖怪にかかわる仕事をしてるさかい」
「綾小路?」
ありふれた苗字ではない、それに妖怪にかかわる仕事と聞いて、
「遥君の親戚か何かですか?」
「ハルを知ってるの? ハルとは従姉弟やけど」
「あたしは佐伯仁南です、悠輪寺でお世話になってる」
「アンタか、見える子って」
瑞羽も仁南の噂は耳にしていた。
「はい」
「そうか、それで拉致されたんやな、突然現れた妖狐が見えたんやろ」
「ええ、つい反応してしまって、あれはやはり狐だったんですね」
「ここは妖狐の里みたいや、他の子も見えたし連れてこられたんやけろうけど、無理やったみたい、妖気に耐えきれず正気を失ってる」
「すすり泣いている人がそうなの?」
「あたしらの他に三人いるみたいや」
「なんで連れてこられたの? やっぱり食料にされるんでしょうか?」
「そうやったら、とっくに喰われてるやろ、なんか他に目的があるみたいや、それで生かされてる」
「でも、相手は妖怪なんでしょ」
「そうや、何されるかわからん、早よ逃げな」
「どうやって?」
仁南は黒い穴に落ちる瞬間、珠蓮の姿がチラッと見えたことを思い出した。
「珠蓮さんが助けに来てくれるかも」
「レンも知ってるんか?」
「銀杏の森で会ったんです」
「森へ入れたんか? 何者やアンタ」
「何者と言われても……」
「まあエエ、ここから出られたらゆっくり聞こか、あたしらが拉致されたことをレンが知ってるんやったら、助けは期待できるな」
きっと芙蓉に拉致された時のように、みんなが助けに来てくれると仁南は信じていた。
「なにを勝手にしゃべってるんだ」
鉄格子の向こうに男が現れた。
人間の姿をしているが、正体は妖狐だと仁南にはわかった。
ガチャッと錠が外れ、鉄格子の戸が開いた。
「出ろ」
廊下に出た仁南は瑞羽と対面した。
切れ長の目が知性を感じさせる仁南より年上の美人、引き締まった身体は訓練の賜物、でも豊満な胸と色っぽいカーブを描く腰つきは、大人の女の魅力を醸し出している。
すすり泣いていた人物と思われる少女も出てきた、彼女はまだ中学生くらいで、泣き腫らした目は虚ろで、焦点が合っていなかった。
その向こうからも二人の女性が出てきていた。一人は制服姿の恐らく女子高校、もう一人は少し年上、大学生かOL風だった。二人とも朦朧としており認知機能は失われていることが窺えた。
「あの人たち、元の世界に帰れたら、普通に戻るんですよね」
そんな三人の状態を見て、仁南は心が痛くなった。
「どうかな……」
瑞羽は言葉を濁した。
彼女たちはもう正気に戻れないことを瑞羽は知っていた。
五人が連れていかれたのは、大広間だった。
中世の貴族が住む城の、舞踏会が行われるような豪華な装飾が施された広間、その玉座に中性的な美しい男性が座っていた。
銀色の長髪が照明を受けてキラキラと輝き、白い肌は唇の赤さを際立たせる、切れ長の目が、連れてこられた五人を観察するように見ていた。
瑞羽の目にはただの美男子に見えていたが、仁南の眼は妖狐の本性を映していた。
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