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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その3

「だから小物だって言うのよ」

 背後から響きの心臓を握り、胸へと貫き出した芙蓉ふようは、不敵な笑みを浮かべていた。


 グチャッ!

 その手は、鋭い爪は、ひびきの心臓を握りつぶした。


 仁南になは凍り付いたままその光景を見ていた。

 響と一瞬、目が合った。

 赤い目から生気が消えたかと思うと、その顔が砂色に変化した。

 そして、ハラハラと表面が剥がれ落ち、やがて全体が崩れはじめた。


 響の全身は砂のようになって崩れた。


 胃液がこみ上げるような不快感に苛まれながら、仁南は芙蓉に視線を移した。

 冷然としている芙蓉を見て、仁南の指先は冷たくなり小刻みに震えた。


「鬼を殺す方法は、心臓を握りつぶすこと」

 目の前にいるのは自分と変わらぬ年の少女、彼女が鬼だなんて仁南にはまだ信じられなかった。

「鬼の力は喰った人間の数に比例する、あたしと響の力の差はそこよ、でも、お前のような霊力の強い人間を喰えば飛躍的に妖力が増す、響はお前を喰って、手っ取り早くあたしより強くなろうとしたんでしょうけど、あたしに歯向かおうなんて百年早いわ」


「あなたのほうがたくさんの人間を食べてるの?」

「あたしはこの五百年、数えきれない人間を喰ってきたから、響きのような雑魚に殺られるわけないわよ」

「五百年って……」


「見かけより年寄りでしょ、お前のように霊力の強い人間も食べてきたわよ」

「あたしに霊力があるって言うの?」

 そんなものが自分にあると思っていなかった仁南は困惑した。

(妖が見えるのはその霊力があるからなの? そのせいでこんな目に遭わなきゃならないの?)


「じゃあ、あたしを食べるのね、助けてくれたんじゃないんだ」

 仁南は力なく言った。

「どうせならひと思いに、痛みを感じないくらい一瞬で殺してね、生きたままお腹に手を突っ込んで内臓を引き出されるなんて嫌よ」

「鬼はそんなお行儀の悪い食べ方をすると思ったの?」

「だってぇ、ウォーキ〇グデッドではそんなシーンがあるじゃない、襲われた人間は恐怖と痛みに断末魔の悲鳴をあげながら死んでいくの」


 涙目になっている仁南を見て、芙蓉は悪戯っぽく笑った。

「想像力豊かなのね、でもウォーカーじゃないし、それに今は空腹でもないし」

「えっ? じゃあ、食べないの? 逃がしてくれるの?」

 仁南は僅かな期待に瞳を輝かせた。それに、鬼と言ってもこの少女、なぜか親しみを感じるのは気のせいだろうか、いつかどこかで会っているような……と感じていた。


「それはどうかしら」

 しかし芙蓉は不敵な笑みを浮かべた。

 そして、静観していたはるかに目を向けた。


「黙って見てるけど、お前も妖術は効いてないんでしょ、恐怖のあまり動けないの?」

 ここまで遥はかかったふりをしていたが、見抜かれたとわかり、素早く仁南を引き寄せて背中に隠した。


「恋人か?」

 仁南を護ろうとする遥を見た芙蓉が言った。

「違う!」

 すかさず全力で否定したのは仁南だった。

 遥はそんな彼女を横目で見下ろし、

「そんなに嫌がらなくても……」

「そうじゃないの、あなたとあたしが釣り合うわけないし、そんな風に思われるの、あなたに失礼だと思って」


「お前ら、そんなに波長が合ってるのに」

 悪戯っぽく微笑む芙蓉は同年代の少女のようだったが、それも一瞬、すぐ冷たい表情に戻って仁南を見た。

「お前は自分の価値を知らないのね、この少年にはもったいないわ、気付いてる? 今、お前が彼を護ってること」

「えっ?」

 自分は遥の背中に隠されているのに、護ってるってどういうこと?


 遥も芙蓉の言葉に困惑した。

「ここは妖世あやしよ、普通の人間が長くいられる場所じゃないわ、我ら妖や、その子みたいに桁違いの霊力を持っていないと、正気を保つことはできないわ」


 仁南はピッタリ遥の背中にくっついている。遥はその手からなにか体温とは別の温かいものを感じるのに気付いていたが、

「その子に霊力を分けてもらっているから、平気でいられるのよ」

「そんなことが……」


「だからカップルじゃないかと思ったんだけどね、とても相性がいいから」

 芙蓉の話はにわかに信じられないが、本当だとしたら、自分は遥から離れてはいけないのだと仁南は彼の二の腕をギュッと掴んだ。


「情けないわね、女子に護られるなんて」

 見下すような芙蓉に、

「チャンスを待ってただけだ!」

 言葉と同時に、遥は芙蓉に右手を突き出した。その手には独鈷どっこが握られている。

 芙蓉の心臓目掛けまっすぐに!


 しかし、切っ先は届かなかった。

 芙蓉に手首を掴まれたかと思うと、遥はアッという間に吹っ飛ばされていた。


「綾小路君!」

 仁南は遥のもとへ駆け寄った。

 全身を強打して苦しそうな遥だが、大きな怪我はなさそうだ。

「殺しはしない、まだね、今回それを決めるのはあたしじゃないし」


「え……まだ上に親玉が控えてるの?」

 仁南は一縷の望みを打ち砕かれる音を聞いた。


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