第3話 狐の嫁入り その3
「真琴が一緒だから安心してたのに!」
遥は声を荒げて真琴を責めた。
仁南が拉致された連絡を受けた遥は、悠輪寺に駆け付けた。すでに真琴と澄、侑斗、流風も庫裏に集合し、テーブルを囲んでいた。
重賢はあいにく法事で留守、良き相談者は不在だった。
「ちゃんと門前まで送ったで、まさか引き返すなんて思ってへんやん」
むくれる真琴を澄がなだめた。
「しゃーないやん、四六時中、仁南に付き添ってる訳にもいかへんやろ」
「くそっ!」
それでも納得いかない遥は悪態をつく。
「相手は妖狐、ハルが一緒にいたとしても」
流風の言葉を澄が手で制して遮った。
流風は率直すぎるところがある。たとえ真実でも言えば相手が傷つくことに気が及ばない。
「わかってる、俺じゃ妖狐に太刀打ちできないことくらい、でも」
遥は流風が言おうとしていたことを察した。
「そうやな、ハルやったら身を挺してでも仁南を護ったやろ、わかってる」
澄は言ったが、
「命の無駄遣い」
追い打ちをかける流風の頭を、今度は真琴が叩いた。
「とにかく、一連の事件は妖狐の仕業と判明したんや、瑞羽姉を拉致したんも同一犯やろ」
侑斗は心配そうに眉を寄せた。
「こんな派手なことして、無駄なトラブルを避ける妖狐らしないな、ハンターを拉致したら、仲間が必ず救出に向かうのは承知のはずやのに」
「目的はわからんけど、助けに行かな」
真琴は決意した目をみんなに向けた。
「仁南は妖怪にとってご馳走だろ、無事でいてくれるといいけど」
あと一歩のことで助けられなかった珠蓮も不安でたまらない。
「仁南は死なないよ」
遥が言いきった。
「そう思いたいのはわかるけど」
「仁南の右目には無敵の魔力があるから」
「なんや、それ」
澄が首を傾げた。
「なにかはわからない、でも、みんなも見ただろ、寄蟻を退けた力を」
流風と侑斗に視線を流した。
遅れた真琴と澄は見ていないが、二人はその光景を目撃したはずだ。
「あれは仁南の仕業やったんか? 確かに不可解な状況やったけど、俺は寄蟻が弱ってる宿主を先に片付けようとしたのかと思ってた」
侑斗があの時のことを思い出しながら言った。
「違う、仁南が俺の体から働き蟻を追い出したんだ」
「そんなことができる魔力なんか?」
「そういえば、あの子の右目にはなにかが宿っていたな」
珠蓮は銀杏の森で初めて会った時のことを思い出した。
「でも、そんな力って……」
なにか腑に落ちないようすで珠蓮は腕組みした。
「なんにせよ、妖狐の里へ行く必要があるな、きっと瑞羽姉もそこにいる」
侑斗が言った。
「どうやって?」
「呼んだか?」
テーブル下の床から、いきなり貉婆が生えてきた。
「登場の仕方がいちいち不気味やねん」
真琴は呆れ顔で見下ろした。
「呼ばれたし、わざわざ来てやったのに失礼な奴やなぁ」
ムッとして引っ込もうとする貉婆の耳を引っ張って止めた。
「痛いやん」
「帰らんといて、頼みがあるねん」
真琴は少しも悪びれた様子無く、貉婆を引き上げた。
「妖狐の里へ連れってって」
真琴は妖狐が絡んでいると知った時点で、こうなることを想定して、妖世にある妖狐の里へ案内できる貉婆を捜していたのだった。
「吸血鬼の次は狐か、人使い荒いなぁ、けど」
貉婆は細い目でテーブルに着いてるメンバーを見渡した。
「お前らだけで乗り込むのは無謀違うか? 妖狐って言うたら、うちらみたいな雑魚とは格が違う、里も規模が大きいで、攻め入るんやったら軍隊が必要や」
「攻め入るなんて言うてへん、人質救出作戦や」
「もう喰われてるん違うか?」
「喰われてないよ!」
遥はムキになって否定した。
「霞、加勢してくれないかな」
流風がポツリと漏らした。
「霞様は冬眠中や」
と貉婆。
「ええっ! もう五月やで、いつまで寝てるんや」
真琴は驚きの声をあげた。
「ここんとこ見いひんと思たら」
「お寝坊さんでな」
「流風は霞を起こして来て、あたしはレンと先に行くわ」
仕切る真琴に澄は、
「俺は?」
「澄は留守番」
「なんで、俺、頼りにされてへん?」
「違うだろ、一番頼りにされてるんだよ、不測の事態が起きた時、現世に呼び戻せるのはお前だ、真琴は必ずお前の元へ帰ってくるから」
珠蓮の捕捉に感動した澄は、
「真琴ぉ」
真琴に抱きついた。
「いいから」
照れて邪険にする真琴。
「俺たちは?」
蚊帳の外に追いやられたような遥が不服そうに言った。
「俺たちは妖世に入れへんやろ」
と侑斗。
「俺は行ったことある」
「そうだな、今のお前なら」
言いかけた珠蓮を遮って、
「足手まとい」
流風はとどめの一刺しを放った。
しかし遥は引き下がらない。
「こんな時のために鍛錬を積んできたんだ、足手まといにはならない」
「行くか」
珠蓮の言葉に流風と真琴は意外そうな目を向けた。珠蓮は自分たち以上にシビアだ、情に流されることはないのに。
「俺が鍛えたんだ、戦力になるさ、でも、命の保証はできないぞ」
遥は珠蓮をまっすぐ見据えて頷いた。
遥の様子を見て、侑斗は澄に耳打ちした。
「どうしたんやハルの奴、命がけやで」
「恋違うか?」
「まさかぁ」
名前が出た霞は『金色の絨毯敷きつめられる頃』の『第2章 霞』から登場しますのです、気になったら読んでいただけると幸いです。