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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第3話 狐の嫁入り その1

 五月晴れの空は吸い込まれるような青さだった。

 高校二年生の萩原はぎわら美利みりは、麗らかな春の陽射しと心地よい微風に髪を撫でられながら、彼氏との待ち合わせ場所へ向かっていた。


「あ……」

 立ち止まったのは、突然の雨粒に驚いたからだった。

 空は晴れ渡っていて雨雲一つ見えない。

「狐の嫁入り?」


 降水確率0%だったので、折りたたみ傘も持っていない。 

 せっかく毛先をカールしてきたのに、濡れれば崩れてしまう。

(ついてないわ)

 雨宿りできる場所を探したが、住宅街に軒先はありそうにない。


 その時、目の前に十歳くらいの少年が道の真ん中に立っているのに気付いた。

 やわらかそうな栗色の髪に雨がかかるのも厭わず、真っ直ぐ美利を見上げていた。

 パッチリした目に長いまつ毛、なにか言いたげなサクランボ色の唇、まだあどけない美少年に、美利はつい声をかけた。


「どうしたん? こんなとこに突っ立って」

「僕が見えるの?」

「えっ?」

 意味がわからず首を傾げた次の瞬間、少年は美利に飛び掛かった。


「きゃっ!」

 美利を押し倒し、少年は馬乗りになった。

「なにすんの!」

 美利は起き上がろうとしたが、ビクともしない。十歳の少年の体重ではなかった。


「儂が見えたのならと期待したが、大した力は持っていないな、不合格だ」

 さっきのボーイソプラノとは別人、おっさんの濁声に変わっていた。

「中途半端に儂の姿を見たのが不運だったな」


 可愛かった顔も、般若の形相に豹変していた。パッチリした目は切れ長になり盾に伸びた瞳はくすんだ黄色、栗色の髪から三角の耳が飛び出し、口も頬まで裂けて牙をのぞかせた。


「女の子が倒れてるで!」

「どうした!」

 近くで声がした。

 少年の肩越しに、集まってきている人の姿が見える。


(早く助けて!)

 美利は声にならない声で叫んだ。

 早くこの化け物を除けて!


「救急車を」

「119や!」

 しかし、豹変した少年の姿は、駆け付けた人たちには見えていなかった。


 恐怖のあまり硬直した美利の首筋に、牙が食い込む。

 全身が痙攣し、美利の目から生気が失われていく、艶々だった肌はたちまち色を無くして枯れた木肌のようになり、体全体が一回り小さく縮んで強張った。


 救急車が到着した頃には、美利の姿は変わり果て、十代の少女とは思えない干乾びた姿で、すでにこと切れていた。



   *   *   *



「やっちまったもんしょうがないじゃん、それをいつまでも気にしてるみたいで挙動不審なんだよ」

 中庭の茂みで、はるかとおるにぼやいた。


 昼休み、遥は仁南になの教室を訪ねたが姿はなかった。非常階段の踊り場にもいない。あれ以来、どうも避けられている節がある。

 登下校、一緒にいても落ち着かない様子だし、遥はどう接していいかわからなくなっていた。


「時間は戻せないし、やり直すことなんかできないだろ、いい加減忘れてくれないと、こっちも気まずいんだけど」


 寄蟻やどりぎに襲われた遥を助けようと、口を重ねて蟻を吸い出した仁南の行動を聞いていた澄は、すぐに状況を把握した。

「いやぁ、仁南ちゃんも妄想の中では、タイムスリップ可能なんやで、アニメではよくあるネタやん」


「それが出来るなら俺だって」

「彼女の気持ちが落ち着くまで、ちょっと距離置いたらエエんちゃう」

「そう言う訳にもいかないよ、世話係だし……」


 澄は膝を抱えながら落ち込んでいる遥の肩をポンと叩いた。

「えらい気に入ってるんやな」

「命の恩人だからな」


 必死に助けようとしてくれた気持ちには感謝している。あの時の、やわらかい唇の感触は覚えているし、抱きしめた時に伝わった心臓の鼓動は、今も遥の鼓動とシンクロしているように感じていた。


「だいたい、アイツがやらかした事なんだぞ、それを後になって後悔してるってのか?」

「恥ずかしいだけやろ」

 他人事ひとごとだと思って気楽な澄。


「俺は全然気にしてないのに、あんなのキスじゃないし、人工呼吸みたいなもんだって仁南も言ってたのに」


「そう思おうとしてても、女の子にとっては一大事やったんやろ、仁南ちゃんみたいな夢見る女子系は、きっと色々想像して、ファーストキスに壮大な夢を描いてたんちゃうかな」

 澄は腕組みして考えた。


「ファーストキスのシチュエーションったら、やっぱり観覧車かな、てっぺんに到達した瞬間にチューする、そしたら二人は永遠に結ばれて幸せになれるらしい」

「なに情報だ、それ」


「俺、少女漫画好きやし女心はお前より理解してるで、そやし真琴との関係も円満なんや」

「はいはい、けど、仁南とはそんな関係じゃない、あくまでお世話係だし」

「そうかぁ?」


「だいたいファーストキスなんてたいした事ないじゃん。みんなサラッと済ませてるんじゃないの?」

「男子にはわからへんのや、乙女心が」

「乙女ねぇ」


「真琴はああ見えて乙女なんやで、初めてチューした時のはにかんだ顔がもう、可愛すぎてキュン死しそうやったわ」

 胸の前で手を組み、頬を赤らめる澄のほうがよほど乙女だ。


「俺なんか、年上の肉食女子に喰われたみたいなもんだったんだから、それでそのまま勢いで……いや、もう相手の顔も思い出せないや」

 遥は白けた目で宙を見た。

「そんなこと、絶対女子には言うなよ、軽蔑されるし」


 遥は膝に顔をうずめた。

「もう、嫌われてるのかも」

「ハルでも女子に対して弱気になることあるんやな、けどそんな心配はいらんで、ハルを嫌う女子なんかいーひんし」


「でも、今日はサキさんと真琴と帰るってライン来てたし」

「それか、真琴の用事って、俺も仲間外れやん」


 遥は肩を落としながら大きなため息をついた。

「真琴が一緒なら心配ないし、暇になったから、仕事でもするかな」

「狩りか?」


「この間から続いてる少女の不審死、プラス失踪事件、今のところ病死扱いだから、警察は気付いていなし、失踪も家出扱いだから事件にはなってないけど、拉致現場と思われる場所に妖気が残ってたから、流風るかが調査しはじめた」


「流風は働きもんやな」

「澄君も協力する?」

「いいけど、妖気を探ればいいんか?」

 澄は流風と同じく高僧の生まれ変わりで、ハンターではないが、強い霊力の持ち主だ。


「そうだな、次のターゲットもわからないし、ただ、事件は天気雨が降った時に起きてるんだ、いわゆる狐の嫁入り、この事件には妖狐ようこが関係してるんじゃないかと推測されるけど、証拠はない」

「妖狐か、まだ見たことないけど、猫がいるなら狐もいるか」


「こんなとこで声が大きい」

 いきなり声をかけられて、ビクッとする遥と澄、振り向くと侑斗ゆきとが目を吊り上げていた。


「呑気に喋ってる場合違ちゃう」

 いつになく厳しい表情。


瑞羽みずはねえが拉致されたみたいなんや」


瑞羽は『金色の絨毯敷きつめられる頃』の『第2章 霞』から登場します。どんな人物か気になったら、読んで頂けると幸いです。

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