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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第2話 無敵の魔力 その14

「後始末は?」

 重賢じゅうけんが尋ねた。


 悠輪寺ゆうりんじの庫裏、リビングに重賢と流風るかとおるが顔を合わせていた。

 重賢は自分が用意した護符が役立ったことには満足したが、犠牲者が出たと聞いて心を痛めた。


寄蟻やどりぎに襲われた二人の制服は、侑斗ゆきとが報告を兼ねて綾小路家に持ち帰った、研究班の役に立つかも知れへんしって」

 口下手な流風に代わって澄が答えた。

 綾小路家には研究班も存在する。遭遇した妖怪のサンプルを集めて、以後の狩りに役立てるために解析しているのだ。


「校内で寄蟻の痕跡は何一つ残してへん、二人の失踪もそのうち皆の知るところになるやろうけど、事件性を残したら厄介やしな、警察沙汰になったところで真相には辿り着けへんし混乱を招くだけや、可哀そうやけど二人は、家出人扱いになるやろう」


「そうやな、せめてここで供養さしてもらおか」

 重賢は手を合わせた。


仁南になの具合はどうなの?」

 流風が心配そうに聞いた。

まどかさんが診てくれてる、大事はなさそうや」


 悠輪寺に仁南を運びこんだはるかは、念のため、母親で医師の円に往診を頼んだ。円も綾小路の一族、若い頃はハンターをしていたので、すぐに状況を把握して駆けつけた。


「で、ハルはずっと付き添ってんのか?」

「責任感じてるんや」

「世話係を頼んだけど、どうやらハルの手には負えへんようやな」

 重賢は残念そうに眉を下げた。


珠蓮じゅれんに頼むか」

「アカンって、人相悪い珠蓮がうろついたら通報されるで」

 澄が止めた。


「あたしに任せて」

 流風が申し出た。

「ハルがひがむやろうな、仁南をずいぶん気に入ってるみたいやし」

 澄は笑いを堪えながら言った。


「大丈夫、バレないようにするから、ハルが拗ねると厄介」

「言えてる」



   *   *   *



「外傷はないし、大丈夫よ、ただ右目からの出血は原因がわからないから、専門医に見てもらうほうがいいかも」

 知的でクールな美人女医の円が事務的に言った。

「じゃあ、わたしは病院に戻るわ」

「ありがとう」


 すっかり落ち込んでいる遥の肩に、円はポンと手を置いた。

「すぐに目を覚ますわ、貧血気味なのが気になるから、栄養のつくもの食べさせてあげなさい」

「ああ」

(そんなものでは埋め合わせ出来ない、また護れなかった、それどころか、また救われた)


「今度、ちゃんと紹介しなさいよ」

「えっ?」

 意味ありげな笑みを残して、円は仁南の部屋から退室した。


「紹介って……なに勘違いしてるんだよ」

 ベッドに腰かけて、横たわる仁南を見下ろした。

 あどけない寝顔、どう見ても普通の女の子だ、なのに危険をかえりみず必死で助けようとしてくれた、この子のどこにあんな行動力があるのか不思議だった。


 その時、仁南が目を覚ました。

「ここは……」

「悠輪寺、お前の部屋だよ、もう心配ない」

 仁南は自己嫌悪に陥りながら上体を起こした。

「また気を失っちゃったのね」


「無理ないよ、また酷い目に遭ったんだから」

「あたしなんかが来たから、こんな事件が起きるのかも」

「違う、俺たちハンターはこういう怪異を追ってるんだから、しょっちゅう遭遇する事件だ」


「中村君は」

「助けられなかった、妖怪に寄生されたんだ、運が悪かったんだよ、俺も殺されるところだった、またお前に助けられたな」


「あたしは……」

 仁南は遥の口から蟻を吸い出したことを思い出し、カーッと顔面が熱くなった。


「あ、あの時は必死で……あれはただ蟻を吸い出す手段で、その、あたしは」

 慌てふためき完熟トマトのように赤くなった仁南を見て、遥は意地悪く笑った。

「わかってる、キスじゃないよな」

 ふと、もしあれが他の誰かでも、仁南は同じようにしたのだろうか?と考えると、遥はなぜかモヤッとした気分になった。


「そ、そうよ、あれは人工呼吸みたいなもんだから」

「そうだな」

 そうよ、あれは心がこもっていないからキスなんかじゃない、きっと遥もなんとも思っていないはずだと仁南は自分に言い聞かせたが、遥の唇の感触はハッキリ覚えていた。


(きっと忘れられない……)


「ま、どっちでもいいけど、俺は初めてじゃないから、お前……」

 言いかけて遥はやめた。きっと仁南は初めてだったのだろうと思ったからだ。女子にとってはデリケートな問題だろうから追い詰めないほうがいいだろう。


 仁南みたいな妄想少女はきっとファーストキスに多大な夢を思い描いていたに違いない、それがあんなグロテスクな状況下で唇を重ねたんだ、トラウマにならなきゃいいけど、と遥は心配になった。


「それより、右目は痛まないか? 出血してたけど」

 遥は話題を変えた。

「もう、大丈夫」

「その右目……」

 遥は顔を近付けて右目を覗き込んだ。


「吸血鬼の女が言ってたろ、お前に右目には無敵の魔力が宿ってるって、俺が助かったのは、その力を使ったからなのか?」

 遥のアップに耐えられず、仁南は俯いた。右目からじゃなくて鼻血が出そうだった。


「わからない、あの時はただ、必死で……、あなたを助けてって願ったの、それを右目の悪魔が叶えてくれたのかも」


「右目の悪魔?」

「気味悪いでしょ、あたしの右目には悪魔が宿っていているのよ」

「悪魔? それが無敵の魔力の正体なのか?」


「あたしがそう思っているだけで、本当はなにかわからないの、物心ついた時にはすでに潜んでいたのよ、だからこの世ならざるモノが見える、それだけじゃなくて、あたしの無茶な望みも叶えてしまうの」


 仁南は悪魔に気付いた幼い日のことを思い出した。


 『お父さんに捨てられたくせに』と同級生に意地悪を言われた仁南は、その子も捨てられればいいんだ! と強く憎んだ。すると仁南は右目が酷く痛み、貧血で倒れた。


 翌日、目を覚ました仁南は、マンションのごみ収集ボックスにその子が捨てられていた事件を知る。瀕死状態で回収業者に発見された。


 その時仁南は決定的に右目の悪魔の仕業だと思った。今までも思い当たる節はあった。人を恨んだり妬んだり、そういう負の心を持つと、右目の悪魔が騒ぎ出して、誰かが不運に見舞われてしまう、だからそれからは、嫌なことは考えないようにしていた。いつも妄想の世界で楽しいことだけ考えるようにしていた。


「無茶な望みって? 俺を寄蟻やどりぎから助けてくれたみたいな」

「……」

 そうよ、とは言えなかった。

 右目の悪魔に願って、人を救ったことは初めてだったから。


「わからない、考えないようにしてるから……、右目の悪魔に気付いてからは、なにも望まないように気を付けてるの、だって嫌じゃない? 思い通りになったとしても、それは自分の実力じゃなくて、右目の悪魔の仕業なんだから」


 遥は俯いている仁南の顔を両手で挟んで上げさせた。

 それから指先でそっと右瞼に触れた。

「じゃあ俺は、悪魔に助けられたんだ、ありがとう」


 優しく見つめる遥の瞳には仁南が映っている。こんな至近距離で見つめられたらドキドキが止まらない。


(ダメ! 勘違いしちゃダメ! 女慣れしているハル君にとっては意味のない距離なんだから)

 仁南は自分に言い聞かせた。


 その時、いきなりドアが勢いよく開いた。

「仁南の具合はどう?」

 真琴が入ってきた瞬間、遥は慌てて仁南から距離を取った。


「あ、今、起きたとこ」

 と言いながら真っ赤になっている仁南を見て、真琴は意味ありげな笑みを向ける。

「あらら、邪魔した?」


   第2話 無敵の魔力 おしまい


第1章 第2話 無敵の魔力 を最後まで読んでいただきありがとうございました。右目の悪魔の正体は徐々に解き明かされていきます、と同時に、今のところ影の薄い本編の中心人物である珠蓮との関係もの語られていきますので、これかもよろしくお願いします。

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