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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第2話 無敵の魔力 その12

 テスト前でもないこの時期に、放課後に図書室を訪れる生徒は少なく、受け付けは暇だった。なので、仁南にな邦夫くにおはもっぱら整理整頓に時間を費やした。担当教師もいたので、私語雑談することもなく時間は過ぎた。


「じゃあ、そろそろ閉めるか」

「これだけ片づけて終わります、鍵は僕が職員室に戻しておきます」

「じゃあ、頼む」

 教師は先に退室した。


「綾小路君は来なかったね、帰ったのかな」

 邦夫は満足そうに言った。

〝今日は僕が送るから、綾小路君は待ってなくてもいいよ〟と言ったことで、来なかったのだと決めつけ、邦夫は優越感に浸った。


 そんな邦夫の気持ちを知らない仁南は心配でたまらなかった。はるか侑斗ゆきとたちと寄蟻やどりぎの探索をしていることを知っていたからだ。危険な妖怪だと聞いている。


 寄生されたのが生徒なら、授業が終わった時点で下校している可能性は高いが、どこかに妖気の残留があれば特定できるかもしれないと、手分けして各教室を回っているのだ。遭遇したら、と考えると、背筋が冷たくなった。


「じゃあ、帰ろうか」

「中村君は先に帰って、鍵はあたしが持ってくから」

「一緒に」

「ハル君が来るし」

「やっぱり、綾小路がいいのか」

 急に呼び捨て、雰囲気も急変したことに仁南は驚きの目を向けた。


「あの……ハル君は和尚さんにあたしのお世話頼まれてるから」

「お世話って、小学生じゃあるまいし」

「そうなんだけどね」


「お世話が必要なら、僕がしてあげるよ」

 近づく邦夫に、仁南は悪寒を感じて距離を取ろうと後退りした。


<この女、ご馳走だ>

 邦夫の中から声がした。

 その瞬間、昼休みと同じ、仁南の全身に悪寒が走り、得体のしれないモノの気配に鳥肌が立った。


<この強い霊力を喰えば完全復活できる>

「なに言ってるんだ、彼女はダメだ、勝手なことはするな!」

「中村君……?」


 仁南はそう呼びかけながらも、彼がすでに中村邦夫ではなくなっているとわかって膝が震えた。


 危険な妖怪が目の前にいる、〝逃げられるわ〟なんて偉そうなことを言った自分を恥じた。

 恐怖で体が動かない。


(食べられちゃう!)

 芙蓉ふよう冴夜さよとは違う、容赦なく喰われると仁南は直感した。


 次の瞬間、仁南の足が床からフワリと浮いた。

 自分を捕らえた逞しい腕は、

「ハル君!」

 遥が後ろから仁南を抱きかかえて、邦夫から距離を取った。


「大丈夫か?」

 仁南は遥の手をギュッと掴んだ。

「見えた……」

 仁南は蒼白になりながら邦夫を凝視した。


「わかってる」

 仁南の目に映っているのは邦夫ではなく黒い蟻、触角をピコピコ動かして、仁南の霊力を計っているように見える。

 仁南と接触している遥にも見えていた。


「なにしに来たんだ」

 その声はまだ邦夫だったが、目は血走り、その顔は別人のようにゲッソリとやつれて鬼気迫っていた。

「言ったはずだ、仁南は渡さないと」


(中村はもう体内から喰われはじめているだろう、寄蟻が喰い破って出てくるのも時間の問題だ。その前に、仁南を安全な場所へ)

 と遥は考えた。


 しかし、遅かった。

 振り返ると、出入口のドアは真っ黒、蟻の大群に覆われていた。

 そこからの脱出は困難だ。


 邦夫に向き直ると、口から無数の羽蟻が湧き出していた。

 こんなグロテスクな光景を見たらトラウマになるだろうと、遥は自分の胸に仁南の顔を押し当てた。


 しかし、邦夫はまだ意識を保っていた。自分の口から蟻が出ていることなど気にせず不気味な笑みを浮かべている。

「綾小路には消えてもらう」

「お前、自分が今、どういう状態なのかわかってるのか?」


 邦夫は口から出た蟻を掌にすくった。

「ああ、コイツ等は僕の望みを叶えてくれる、邪魔な人間を消してくれるんだ」

「消されるのはお前もなんだぞ」

「違うな、僕はコイツ等を操ってるんだから」

「逆だろ」

 埒があかない。


 羽蟻の塊がこちら目掛けて羽ばたくのを見た遥は、咄嗟に仁南を突き放した。

 邦夫にまだ意識があるなら、好いている仁南を殺しはしないだろうという希望的観測に賭けるしかなかった。


 羽蟻の塊が遥に群がった。

 払いのけようとするが、圧倒的な数になすすべがない。


 突き飛ばされて床に倒れた仁南は、愕然とそれを見ていた。


「佐伯さんはこちらへ、綾小路はすぐに消えるから」

 邦夫が手を差し伸べるが、仁南の目には入らない。


 黒い塊が遥の顔面を覆う。

 口をこじ開けて体内に侵入する。

「うっ」


 喉が詰まって息が出来なくなり、遥は膝を折った。


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