第2話 無敵の魔力 その11
仁南と遥が駆け付けた東校舎北側非常階段の下には、すでに流風が到着していた。
足元には女子生徒の制服だけが残っていた。
「手遅れか」
「ええ」
遥は屈んで制服を確認した。
「誰だろ」
「どういうこと?」
慣れていない仁南は状況が把握できない。
「妖怪に喰われた後や」
遅れて来た侑斗が答えた。
「喰われた……」
この制服を着ていた生徒が殺されたという事実を目の当たりに、仁南は慄然とした。こんな日中に、学校で事件が起きるなんて信じられなかった。そして、それを平然と受け入れている遥や、流風、侑斗の神経が理解できなかった。
「生徒手帳がないし、わからないな」
「ん?」
侑斗はクチャクチャになっている紙切れが落ちているのに気付いた。
拾って広げてみてみると、それは制服の主をここへ呼び出したメモだった。
宛名はなかったが、差出人は、
「綾小路?」
遥を見る。
「知らないぞ、そんなメモ」
次に流風を見るが、流風も首を横に振った。
「けど、綾小路の名前を使って呼び出したんやな、女子の制服からすると、ハルやと思って来たんやろな」
「なんで俺なんだよ」
不服そうな遥。
「なんで、この人やったかんかはわからんけど、呼び出したのは寄蟻に寄生されている人間ってことやな、まだ近くにいるはずやな」
「生徒か、先生か」
顔を見合わせる三人。
「真琴と澄君にも協力してもらおう、妖気には気付いてるやずやし」
侑斗の提案に流風は頷いた。
遥は怯えている仁南の肩を抱き寄せた。
「大丈夫、俺たちがついてる」
仁南は青ざめながら頷いた。
* * *
「付き添っててくれなくても、よかったのに」
遺体を見たわけではないが、あの後、気分が悪くなった仁南は、保健室で少し横になった。昼休み終了の予鈴を聞いて、ずっと一緒にいてくれた遥とともに保健室から出てきた。
「ユキたちから連絡ないし、まだ校内にいるかも知れない」
「もう、気配はないわ」
「寄蟻は、人間の体内に潜んでいるときは妖気を隠せるんだ、さっきは恐らく、誰かを襲った瞬間に妖気が漏れたんだよ」
「そんな」
「お前は妖怪に狙われやすいからな」
ゾッとした仁南を見て、安心させるように遥は頭に手を置いた。
「大丈夫、ユキと流風が残留妖気を追ってるはずだから、きっと見つけるよ」
「ええ」
「佐伯さん、捜してたんだ」
その時、仁南の姿を見つけた邦夫が駆け寄ってきた。
「保健室にいたの? 大丈夫?」
「ええ、少し横になったら良くなったわ」
「仁南になにか用か?」
邦夫が仁南を捜していた理由が、遥は気になった。
「今日は図書委員の初当番だから、挨拶に」
わざわざ挨拶の必要があるのか? そのために仁南を訪ねたのかと遥は不快感を覚えた。
そんなわかりきったことを確認しに来たのかと、仁南も不可解だったが、とりあえず愛想を向けた。
「そうだったわね、ヨロシクね」
すると、すかさず遥がぶっきらぼうに言った。
「お前、今日は誰かに代わってもらえよ、体調悪いんだから」
「佐伯さんには僕がついてるから任せてくれ、それと、今日は僕が送るから、綾小路君は待ってなくてもいいよ」
「えっ?」
先日とは打って変わった邦夫の態度に遥は困惑した。この間は逃げるように立ち去ったくせに、今日はやけに堂々としている。
一瞬、言葉に詰まった遥だったが、すぐに気を取り直して、
「いいや、待ってる」
これ見よがしに仁南の肩を抱き寄せた。
「コイツは俺と帰る」
睨み合い、険悪なムードが漂う二人の間で、仁南の妄想癖が発動した。
(このシチュエーションは一人の女の子を巡って二人の男子が争うってやつ? 一人は彼女の幼馴染でずっと彼女を見守ってきた人、もう一人は突然現れたイケメンだけど当て馬的存在、最終的に彼女は幼馴染を選ぶんだけど……)
しかし遥は幼馴染でもないし、突然現れたけど邦夫はイケメンじゃない。妄想するにもこれは少々無理があったと、仁南は思い直した。
(だいだい、今浮かんだストーリーだと、ハル君と結ばれることになるじゃん、それはあり得ない、……でも、妄想だからあり得なくてもいいのかしら)
仁南が妄想を巡らせたのは時間にすれば数秒だっただろう、ハタと正気に戻った時、仁南は遥に引っ張られて歩き出していた。
遥は邦夫を押しのけて、さっさとその場を後にしようとしていた。
「じゃあ、後でね、中村君」
仁南はそう言うのがやっとで、不敵な笑みを浮かべる邦夫の表情には気付かなかった。
「痛いんだけど」
いつまでも手首を強く握った手を離さない遥に、仁南は戸惑いの目を向けた。
「あ、ゴメン」
遥は無意識に掴んでいた手を離したが、いつになく表情が硬い。なにをムキになっているのか、仁南は遥の行動が理解できなかった。
「重賢さんに頼まれてるからって、そんなに過保護にならなくても」
「言ったろ、危険な妖怪がいるんだって」
「大丈夫よ、あたしには見えるんだから、逃げられるわよ」
「それも言った、寄蟻は体内にいるとき妖気は遮断できるから、お前でも見えないかもしれないし」
「そうかしら」
自分を心配してくれているのは嬉しいが、仁南の心境は複雑だった。その心配はただの仁南ではなく、〝強い霊力を分けてくれる仁南〟だとわかっているから。その価値がなかったら、見向きもされないのだろうと思うと心が痛んだ。
「それにしても、アイツ、なんか急に雰囲気変わったな」
「中村君ね、確かに……」
それは仁南も感じていた。
「火ぃ点けちまったかな」
「火って?」
「いや、こっちの話」
〝仁南を渡すつもりはない″なんて余計なことを言ってしまったから、仁南への気持ちを自覚させてしまったのかも知れないと、遥は自分の発言を後悔した。
* * *
昨日の帰り道、あの時、なにが起きたのか、邦夫には理解できていなかった。
ただ、自分の中のなにかが変化したことはわかった。
体の中になんらかのエネルギーの元が注入されたような感覚、力が漲って、なんだってできる気がしてきた。
(今なら、綾小路遥に対抗できる、負けはしない。佐伯さんは僕と一緒に帰るんだ。そうだ、綾小路には消えてもらおう)
邦夫の心に殺意が芽生えていた。
(僕をイジメのターゲットにしようとしていた岩井は、綺麗に消し去ったじゃないか、綾小路も同じだ、邪魔者は消えてもらわなければならない)