第2話 無敵の魔力 その8
一緒に帰ろうと誘われたものの、邦夫と遥の帰路は反対方向だった。なので、校門を出るとほどなく二人は別れた。
(手を出すな、って言ってるようなもんじゃないか! 僕なんかが、あんなキラキラした奴に敵うわけないって、わかってるけど、わざわざ釘刺さなくてもいいのに)
遥の言葉に邦夫はカチン!ときていた。
(会って間もないけど確かに佐伯さんのことが気になってる。僕が綾小路の半分でも輝きを持っていたら、彼女も少しは目を向けてくれるかな。それはないか……、綾小路が傍にいるのに、僕なんかに特別な感情を持つはずない、生まれつき輝いてる奴には敵わない)
邦夫は自分で結論付けて肩を落とした。
(それより、岩井たちのほうが難儀だな、きっとまた絡んでくる、ああいう奴らはいつも弱い者を捜してるんだ)
イジメの標的を求めていることを邦夫は知っていた。
(またターゲットになるのか? 勘弁してくれよ)
邦夫は心の中でぼやいた。
(あんな人種はこの世からいなくなればいいのに)
「消してやろうか?」
まるで、心の声を聴いていたかのような言葉に、邦夫は驚いて立ち止まった。
振り向くと、見知らぬ男。
聞き違いか? 自分にかけた言葉じゃなかったんだろう。邦夫はそう思って、目を逸らした。
が……。
「復讐したいと思わないか、死に瀕した恐怖に歪む顔を見下ろしてやりたいと思わないか?」
佐藤恭介は不敵な笑みを浮かべながら邦夫に歩み寄った。
「なにを言っているんだ?」
危ない奴だと直感して距離を置こうとするが、足が竦んで動けなかった。
恭介はなおも邦夫に接近して続けた。
「気に入らない奴は、すべて消し去ってやるぞ、お前が望むなら」
あいにく周囲に人はおらず、助けも呼べない。
こんなサイコ野郎は下手に逆らって逆上されると手に負えないと考えた邦夫は、
「そ、そうですね、そんなことが出来るなら」
とりあえず話を合わせようとした。
恭介は満面の笑みを浮かべた。
「では叶えよう、契約成立だ」
「えっ?」
邦夫の目の前が、急に真っ暗になった。
「うぐっ」
続いて息が出来なくなった。なにが起きたのかわからない、恐怖でパニックに陥りながら、邦夫は喉を掻きむしった。
黒い影が邦夫の顔面を覆い尽くし、彼の口をこじ開けて捩じり込んでいた。
悲鳴を上げることすらできない。
邦夫は苦痛に顔を歪めながら固く目を閉じた。
しかし、ほどなくパチリと目を開けた。
黒い影はなくなっており、邦夫の顔も、何事もなかったように戻っている。
邦夫は、さっきまで恭介が立っていた場所を見下ろした。
そこには、彼の衣服だけが道路に残されていた。
* * *
(渡すつもりはないから、なんて、俺はどういうつもりで言ったんだ? 仁南は俺のモノじゃないのに……)
遥はついさっき自分が口にした言葉に困惑していた。
(独占したいのか? あの霊力を利用するために……、つくづく勝手な奴だな、俺は)
そんなことを考えながら、なかば放心状態で歩いていると、
「なにボーっとしてんにゃ」
侑斗にパシッと後頭部を叩かれた。筋肉バカだけに少しの力でダメージは大きい。
「そんなんやし、鬼なんかに拉致されるんや」
後頭部を押さえながら振り返ると、軽蔑しきった侑斗の顔。
「人手が足りひん時に一人サボって」
「サボってないよ、これから重賢さんに護符の作り方を教えてもらいに行くんだから、流風みたいな霊力のない俺が妖怪と戦うためには必需品だからな」
一緒にいた流風に視線を向けながら言った言葉には皮肉がこもっていた。
「そのひがみ根性を先に治さなアカンな」
侑斗に図星をつかれ、遥は幼子のように不貞腐れた。
「ユキたちこそ、なんでこんなとこにいるんだよ? 寄蟻の探索は?」
「だから、探してるんや」
「ヤドリギって、名前は可愛いけど、どんな妖怪なんだ?」
「人間に寄生し、体内で産卵して仲間を増やすらしい、そのために寄生した宿主以外の人間を襲って、骨まで食い尽くす。そやし襲われた人間は衣類以外、跡形もなく消え去るんや」
「そういえば、そんなニュースがあったな」
「おそらく寄蟻の仕業や、まだこの辺りにいるみたい、三百年の封印で弱ってて、一度に多くの人間を襲えへんし、一人ずつ喰って妖力を取り戻している最中やろう」
「まあ、今のところ大量に犠牲者が出てないみたいだし、早く狩らなきゃな」
「他人事みたいに、お前は協力しいひんのか」
「流風がいるじゃん」
「残留妖気を察知した」
遥と侑斗の会話に参加していなかった流風は、急に眼光鋭く、一点を見つめた。
「ほら、頼りになる……」
言いかけて突然、遥の顔から血の気が引いた。
「ここ、通学路、仁南も通ってるはず」
不安が沸き上がり、いたたまれなくなって走り出した。
あっという間に駆け去った遥を見送って、
「ほんまに夢中なんや」
飽きれ顔の侑斗。
霊力譲渡ことを知っている流風は少々複雑な気持ちになった。




