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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その2

(ああ、これは夢だ、きっとあたしはまだ新幹線の中で居眠りしてるんだわ!)

 仁南になは自分に言い聞かせた。


(まだ京都に到着していないし、イケメンにも会っていない。現実はそう甘くはないのよ。少女漫画に登場するような王子様なんて、そうそういるもんじゃないわよ、京都についたとたん出会うなんてありえないし……。だから逆に恐ろしい化け物と遭遇する夢を見てるのよ、バカみたいな妄想に耽っていた反動なんだわ)

 仁南は無理矢理そう思うことで、異常な状態を納得しようとしていた。


 数十分前、タクシー乗り場に向かっていた仁南とはるかは、バス運転手に化けた醜悪な異形のモノと出くわした。

 遥は化物の赤い眼光に射抜かれたとたん、催眠術にかかった如く自我を失い、誘導されるままバスに乗った。

 どうしていいかわからない仁南だったが、ここで騒ぎ立てるのは賢明ではないと感じ、遥に後ろにくっついたまま、同様に乗車した。


 バスの中には数人の乗客が遥と同じように意識のないまま座っていた。

 仁南も遥と同じように催眠術にかかっているふりをして彼の横に座った。

 ドキドキが止まらない心臓の音が、運転手まで聞こえているんじゃないかとビクビクしながら、薄目を開けて時々窓から外を見ていた。


 どのくらい走っただろう、緊張のあまり時間の感覚もなくなっていた。やがて車窓から見える風景が鬱蒼とした木々ばかりとなり、かなり山奥まで来たことが窺えた。

 林道から逸れた木々の間で、バスは停止した。

 異形の運転手は乗客をそのままにバスから降りた。


(この悪夢はいつまで続くのだろう、早く目覚めたい。それにしてもリアルだ)

 仁南はまだ〝これは悪夢だ!〟と現実逃避しながら、隣で目を伏せている遥をマジマジと見た。


(まつ毛長っ! 肌もスベスベで女の子みたいに綺麗)

 仁南は指先でそっと頬をつついてみた。

「う……ううん」

 反応し、目を閉じたまま眉をしかめる遥の様子が幼い子供みたいで可愛くて、仁南の心をキュンとさせた。


 調子に乗った仁南は、少し開きかけた唇に触れた。

(やわらかい、なんかプニプニした感触。いいよね、夢なんだからこのくらい許されるよね)

 さらにつついていると、突然、遥がパチッと目を開けた。


「なに……」

 唇から声が漏れた。

 目を見開いた遥のドアップにドキッとした。夢中になっていつの間にか大接近していたことに気付いた仁南は、慌てて離れ、白々しく前を向いた。


「どうなってるんだ」

 意識を取り戻した遥は、険しい表情で車内を見渡した。

 そして、妖気が充満していることに気付き、すぐに状況を把握した。

「油断してたな、あやかしじゅつにかかったのか」

 仁南を見下ろし、

「お前は大丈夫なのか?」

「ええ、いったいなにが起きてるの?」


「拉致されたようだな」

 遥は声を低くした。

「運転手が出て行ったから、今のうちに逃げられるかも」

 仁南は立ち上がろうとしたが、遥に腕を掴まれて引き寄せられた。

「キャッ」

 バランスを崩して、仁南は遥に倒れこんだ。


「静かに」

 遥はそのまま仁南を抱き寄せた。

 彼の胸に顔を埋めるような格好になってドキッとする仁南。見た目より胸板が厚い、筋肉がしっかり付いている細マッチョなんだ、遥の鼓動か聞こえる、自分の心臓もシンクロするようにドキドキ、興奮のあまり息ができずに苦しくなった。


(苦しい? これって、やっぱり夢じゃないの!)


 背中に回った遥の手から体温が伝わる。

(現実なんだ……)

 夢だと思い込もうとしていた仁南だが、現実だと認めざるおえなくなった。


「今は逃げられない、応援が来るまで待つ」

 その前に窒息しそうなんですけど、と言いたかったが、

「応援?」

「俺のGPSを追ってきてるはずだ」

 遥はこんなことによく巻き込まれるのかと聞きたかったがその時間はなかった。


ひびき、そろそろ餌を降ろして」

 その時、車外から女の声がした。


 響と呼ばれた運転手は、乗降口から顔を出して命令した。

「降りろ!」

 すると乗客たちがフラフラと立ち上がり、従って下車していく。

「このまま妖術にかかってるフリをするんだ」

 遥が耳打ちした。

 仁南はコクリと頷いた。


「偶然なんですがね、ハンターを一人捕まえました、いい土産になるんじゃないかと」

 響はバスから降りた遥の腕を乱暴に掴んだ。

「こいつです、芙蓉ふよう様」

「おや、イイ男」

 芙蓉と呼ばれた少女が遥に顔を近づけた。


 遥は妖術にかかったふりをして目を半開きに伏せている。

 ハンターってなに? 遥はいったい何者なんだろうと思いながら、続いて最後に降りた仁南は地面に足をつけた、とたん、足の裏から電流が駆け上がり脳天を突き破った。


 空間が歪み、異世界へ迷い込んだような錯覚に陥った。

 軽い眩暈に襲われ、真っ直ぐ立っていられない。

 言い知れぬ恐怖が湧き上がり、動揺を隠せなかった。


「この子は?」

 芙蓉は訝しげに仁南を見つめ、その瞳に恐怖の色を見つけた。


 仁南と同じくらいの年齢に見えるショートカットのその少女は、目を見張るほど美しかった。

 シミ一つない白い肌、濡れたような大きな黒い瞳と長いまつ毛にふっくらした唇、ほっそりした体格は仁南みたいなただの痩せっぽちじゃなくて、女らしく色っぽい。だが、美しさを感じるのは外見だけではない、内面からにじみ出る愁いがそう感じさせているのだと仁南は思った。物語に登場する悲劇のヒロインが現実世界に出てきたようだった。


「意識があるの?」

(バレた! でも、どうしたらいいの?)

 遥は上手に催眠状態のフリをしている、そのほうが賢明だろう、こんな化け物に立ち向かう方法などないだろうから。

 芙蓉の正体も仁南の眼には映っていた。運転手と同じ、赤い瞳に鋭い牙、身体黒い剛毛に覆われた異様な獣。


(この生物はなに? いつも足元に纏わりつく類の雑魚とはまったく違う)

 はじめてみる種類のおぞましい妖怪に、仁南はただ慄然とした。


「お前……」

 芙蓉は赤い目を仁南に近付けた。

 どす黒い血のような赤、吸い込まれそうな錯覚に意識が持っていかれそうになる。湧き上がる恐怖に苛まれながらも、目を逸らすことができない。

「……似ている」

 芙蓉はそう呟いたかと思うと、仁南から一歩離れた。




(仁南が気付かれた!)

 遥は高鳴る鼓動を押さえようと必死だった。

(どうする? 彼女に危険が及ぶ前に動くか? 応援はまだ来ない。纏っている妖気から察するに相当な力を持ってる。そんな妖怪二匹相手に勝てる見込みはない)


 遥はどうするべきか迷った。

 しかし、芙蓉に殺意がないことにも気づいていた、なぜか仁南に興味を持ったようだし、ここは我慢してもう少し様子を見るしかない。




「霊力が強すぎて、お前ごときの妖術は効かなかったのね」

「この小娘が?」

 響は顔をしかめた。

「気付かなかったの?」

「あ、いや」

 アラフォーに見える響より、芙蓉の方が優位に立ち、従えている様子だ。


「あたしたちの正体も見抜いているようだわ」

「まさか」

 芙蓉は再び仁南の目をまっすぐに見た。

「そう、お前が見ているのはあたしたちの本当の姿、鬼の姿よ」

「鬼?」

 仁南は思わず言葉を発した。

「鬼を見るのは初めてなの? あたしたちはずっと昔、鬼になった、いえ鬼にされた元人間よ」


(元は人間? どんな経緯で鬼にされてしまったのだろう? どんな波乱の人生を送ってきたのだろう。

きっと言葉では言い表せない辛い目に遭ってきたんだ。愛する人を失うような悲しみを味わったり、はたまた不運な家庭環境で虐げられて苦しい思いをしたり、きっと辛酸を舐めてきたんだわ、そして鬼になった)

 仁南は芙蓉が鬼になった経緯を勝手に想像した。


(でもきっと、その呪いを解いてくれる人が現れるはず、美しいヒロインは、最後には幸せを掴むはずなんだから。ラストはもちろんウエディングベルよね)

 仁南は自分が妄想したストーリーをハッピーエンドに終わらせて、思わず笑みをこぼした。


「なに笑っているの?」

 この状況でニヤついている仁南を見て、芙蓉は眉をひそめた。

「恐怖のあまりおかしくなったの?」

 と言いながら、警戒して距離を取った。

「まさか、戦うすべを持っているの?」




(奴らの正体は鬼なのか、俺には人間の姿にしか見えないけど、仁南にはそれが見えているというのか?)

 会話を聞きながら、遥はさらに心拍数が上昇していくのを感じていた。

 鬼の恐ろしさは知っていた。今の自分に戦う力はない、人間なんか鬼の爪一振りで真っ二つだ。この距離では逃げるのも無理だ。

(万事休すか……)

 遥の脳裏に絶望の二文字が浮かんだ。




「俺に任せろ」

 響が入れ替わりに一歩前に出た。

「こんな小娘、俺が」

 響の頭には別のことが浮かんでいた。霊力の強い人間を喰らわば、妖力が増すことを思い出したのだ。今、ここでこの娘を喰えば、芙蓉以上の力を得られるかもしれない。そう思いながら、響は仁南に向かって牙をむいた。


(殺される!)

 仁南の背筋に戦慄が走った刹那。


「ぐわっ!」

 響の口から血が溢れ出した。

「きゃっ!」

 仁南はまだ催眠状態のフリをし続けている遥に抱き着いた。もちろん、遥にもその状況は見えている。


 響の胸元から心臓が飛び出した。

 それは鋭い爪が伸びた手に握られていた。

「迂闊な奴、あたしに背を向けてその子を喰おうとするなんて」

 後ろから貫いた芙蓉の手だった。


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