第2話 無敵の魔力 その7
スマホ簿画面をスクロールしている流風の横から、侑斗はそれを覗き込んでいた。
「これ、怪しいなぁ、会社員失踪、残された衣服の謎か」
その記事は、とある社内で従業員の衣服──スーツと下着まで──だけが残され、中身の人間がその日から行方不明になっているというもの。衣類には彼の血液が付着していたので、なんらかの事件に巻き込まれた可能性があると警察は捜査を始めたが、手がかりは掴めていなかった。
「遺留品を見れたら、残留妖気があるかわかるんだけど」
流風は訴えるような目を侑斗に向けた。
「はいはい、確認しますよ、親父だって元ハンターだ、衰えたと言っても妖気があれば察知できるだろう」
侑斗の父親は警察関係者、それもけっこう上層部の役職についている。若い頃はハンターだったが、年とともに霊力も弱まり、後進に道を譲ってハンターとしては引退状態だ。しかし、昔取った杵柄は衰えていないだろう。
二人は綾小路家の書庫に来ていた。
書庫と言ってもいわゆる本、書物が並んでいる訳ではない。妖怪に関する資料、特徴や弱点、封じる呪文と滅し方が詳細に書き残されている記録だ。平安時代から妖怪退治を生業としてきた綾小路家の歴史書とも言える。
寄蟻の文献が残っていないか調べていたが、悠長なことをしている場合ではなかった。
「すでに誰かに寄生して、その周囲の人間を喰いはじめてる、犠牲者はまだ増えるわ」
「文献には、人間の中にいる時は妖気を隠すことができると書いてある、探すのに苦労するで」
「でも、寄生された人、長くはもたない、そこから出る時がチャンス」
的を射ているが相変わらずクールな流風の発言に侑斗は凍えた。
「そうやな、次の犠牲者が出るのを待つしかないんか」
* * *
綾小路遥、彼のいるところはいつも明るい。
自然と人が集まってくる。
(それに比べ、俺は……)
邦夫は暗い気持ちでいつも一人。
いじめっ子から逃げてきたけど、自分の立ち位置は変わらない。遥との間には見えない壁がある、決して超えられない壁があることをヒシヒシと感じていた。
「今日、やたら綾小路君をチラ見してたやろ」
下校時、邦夫は岩井明美に呼び止められた。同じクラスだが今まで挨拶も交わしたことがないのに、突然、絡まれるなんて災難としか言いようがない。
「まさか、佐伯さんのことで綾小路君をライバル視してる?」
「笑っちゃうよな、足元にも及ばへんのに、鏡見たことないん?」
「ほんと佐伯さんもアンタも身の程知らずやな」
昨日と同じく、数人の仲間も一緒だ。
(なんでそんなことをわざわざ言う必要があるんだ? 放っておいてくれ!)
邦夫は心中では叫んでいたが、声にはならなかった。
「中村!」
そこへ遥が現れた。
「捜してたんだぞ」
遥の登場に、明美たちは慌てた。
偉そうに腰に手を当てふんぞり返っていた態度は豹変、俯き加減で前髪をいじりながら、上目遣いに遥を見上げた。
そんな彼女たちを見て遥はわざとらしくにこやかに、
「コイツと話し中だった?」
「いえ、別に」
「一緒に帰ろ」
邦夫に言った。
「綾小路君、中村と仲良かったっけ?」
「そうだよ、なにか?」
「そ、そうなん」
憮然とする明美たちを残して、遥と邦夫は校舎から出た。
「ほんと面倒臭い奴らだな」
遥は吐き捨てるように言った。
「君も災難だな、仁南を助けたばっかりに」
「えっ? 佐伯さんに聞いたのか?」
「いいや、見てた」
「見てたなら、なんで」
「俺の出る幕なかったし、君が行ってくれただろ」
「結局、役には立たなかったけど」
「ま、仁南だからな、アイツ度胸あるし、あんな奴らに負けないってわかってたけど」
鬼や吸血鬼とも臆せず話ができるくらいだし、と続く言葉を飲み込んだ。
「佐伯さんのこと、よくわかってるんだ」
「まあな」
「今日、彼女は?」
「逃げられた」
遥は唇を尖らせた。
「アイツらに絡まれたのは、俺のせいなんだろ、だから避けられたんだよ」
「まあ、そうかな」
「中村さあ、図書委員代わってくれない?」
遥は唐突に言った。
「な、なんで?」
「俺はどうせ仁南を待ってるんだから、暇を持て余すより委員やってたほうが時間つぶせるし、逃げられる心配もない」
「え……それは……」
困り顔の邦夫を見て遥は噴き出した。
「嘘ぉ、冗談だよ、嫌ならハッキリ断らなきゃ、本が好きで立候補したんだろ?」
「うん」
「まあ、仁南もいつも君とペアになるわけじゃないだろうし」
邦夫は意を決したように切り出した。
「綾小路君は佐伯さんと付き合ってるの?」
「いきなりだな」
「時間つぶして待つくらいだからそうなのかなって」
「ただの友達」
「でも、親しいんだな」
「まあな」
「なんで佐伯さんなんだ?」
「なんでって?」
「君の周りにはもっと可愛い子がいっぱいいるだろ、君と一緒に帰りたがってる子がいっぱいいるのに、なんでかなって思って」
「アイツが今居候している寺の和尚に用があるから、ついでなんだ、和尚に書道を習ってるし」
「書道?」
「精神統一、集中力を高めるのに役立つし」
その実は霊力を高める修行だった。そして重賢のように、強力な護符を作れるように指導してもらっている。
「まあ、わざわざ一緒に帰らなきゃならないってこともないんだけど……、そうだな、アイツ変わってるし、俺の周りにはいないタイプだし、気にはなってはいるかな、ただの吊り橋効果かも知れないけど」
あの時のドキドキの正体を、遥はそれで納得しようとしていた。
「吊り橋?」
「なんでもない、そう言う君こそ、仁南が気になるんじゃないの?」
こんなに突っ込んで聞くんだから、仁南を狙っているのではないかと、遥は疑いの目を向けた。
「いや、俺なんか」
「好きになるな、なんて言う権利はないけど、渡すつもりはないから」
遥は毅然とした態度で言った。
「え……」
邦夫はなにも言い返せなかった。