第2話 無敵の魔力 その6
「なんで綾小路君と一緒に帰ってんの、どういう知り合いかは知らんけど、釣り合ってへんってわかってる? 普通科のくせに、綾小路君の株が下がるわ」
仁南はいきなり数人の女子に囲まれ、体育館裏へ連れていかれた。
昨日、遥と仁南が一緒に下校しているのを見て、ヒソヒソ話をしていた女子たちだった。
〝イジメは起きない、真琴の友達に手出しするやつなんかいない″と遥は言っていたが、大外れだった。
「アンタなんかに付きまとわれて、綾小路君迷惑してるの、わからんか?」
(いやいや、付きまとわれてるのはこっちなんだけど)
仁南は心の中で反論したが、その理由を言うわけにはいかない。遥が霊力目当てにくっついてるなんて、理解できないだろう。
それより、仁南はこの状況にビビるより、少女漫画のヒロイン気分で妄想が広がっていた。
遥とは特別な関係ではないので、彼が駆け付けるパターンではなくて、誰か他のヒーロー的男子が助けてくれる、というストーリーが出来上がる。
(まだ登場していない新たなプリンス、先輩だったらなおイイ。きっとサッカー部のエースストライカー、あたしは一目で恋に落ちて、毎日、練習を陰からそっと見守るの)
などと……。
「ちょっと、聞いてる?」
思わずトリップしていた仁南に、リーダー格の女子が迫った。
(……って、そんなことが現実に起こるわけないって、わかってるけど、もう少し妄想させてよ)
仁南はうんざりしながら死んだような眼を上げた。
その時、
「やめろよ!」
男子の声に、心は弾ませながらそちらを見ると、駆け付けたのはサッカー部のユニホームではなく、制服姿の中村邦夫だった。
偶然、仁南が数人の女子に連行されるのを見かけた邦夫は、一瞬、遥に知らせようかと過ぎったが、僕も男だ! 気になる女の子のピンチを救えば、少しは自分に目を向けてくれるかも知れないと勇気を振り絞った。
「佐伯さんが誘ったわけじゃないよ、綾小路君のほうが彼女を待ってたんだ」
間に割って入り、仁南を庇った。
「なんやな、アンタ関係ないやろ」
「俺はその場にいたから知ってるんだよ」
「綾小路君を待たせてたって、アンタ、弱みでも握ってんの?」
矛先は再び仁南に向いた。
「彼はアイドルなんやで、汚い手を使って独り占めしようなんて、許さへんで」
入学早々、遥はアイドルに祭り上げられたのかと仁南は感心した。
「佐伯さんはそんな子じゃないよ!」
邦夫の言葉に、
「なになに、この女に気があんの?」
「もしかして、イイとこ見せようとしてるとか?」
「キモっ、でも、この二人やったらお似合いやん」
バカにして冷笑する女子たちに、邦夫は言い返す言葉が見つからずに唇を噛んだ。
「はいはい、わかった、もうわかったわよ」
見かねた仁南は、開き直って、
「あなた、名前は?」
リーダー格の女子に目を向けた。
「岩井明美だけど」
「じゃあ、岩井さんに忠告されたから、アイドル綾小路君はあたしに関わらないでって、彼に言うわ」
「なんやて!」
「綾小路君も感謝するんじゃない? 自分のことをそれほど慕ってくれる人がいるんですものね」
「ちょ、ちょっと待って、それ本気?」
「当然でしょ、あ、岩井さん一人じゃ不公平ね、あなたたちの名前も教えてよ」
仁南は後ろに控える数人を見渡した。
「あたしは関係ないし」
「あたしも」
みんな急に弱腰で、ハラハラと去っていく。
「そんなこと告げ口されたら、綾小路君になんて思われるか……もうエエわ! この話はなかったことにして!」
「いいの?」
「綾小路君にはなにも言わんといてや!」
最後に岩井も退散した。
「すごいね、君」
アッという間に彼女たちを蹴散らした仁南に、邦夫は称賛のまなざしを向けた。
「あんな人たちに舐められて黙ってるもんですか、あたしをただの地味女と思って見くびっていたのね」
大人しそうな見た目とは裏腹、仁南は気の強い女である。そうでなければ、見えるが故に妖たちに纏わりつかれて、正気を保てるわけがない。
「あたしはイジメられっ子タイプじゃないから、いざとなったらちゃんと反撃する根性はあるのよ」
「僕は役立たずだったね」
面目ないとばかりに肩を落とす邦夫に、仁南は笑顔を向けた。
「ありがとう、助けに来てくれて、でも、そのせいで嫌なこと言われちゃったわね、ゴメンなさい」
「大丈夫だよ、慣れてるから」
「そんなのに慣れちゃダメよ」
「俺も君くらい勇気があれば……」
「えっ?」
「俺は……」
邦夫が言いかけた時、チャイムが鳴った。
「あ、予鈴だ」
「急ぎましょ」
二人は会話を中断して、その場を後にした。
(僕はなにを言いかけたんだ……)
教室に戻った邦夫は自己嫌悪に陥った。
(僕はイジメにあっていた、って打ち明けるつもりだったのか? 同情を買おうとしていたのか? 佐伯さんなら同情してくれると思ったのか?)
邦夫は悶々とするあまり、教師の言葉がまったく耳に入らなかった。
邦夫が親元を離れてこちらへ来たのは、中学時代にひどいイジメを受けたことに起因する。精神的ダメージは深刻で不登校になった。
地元にいると苛めた生徒に会うかもしれないと、家から出られなくなるまで追い詰められていたので、遠く離れた親戚の家に逃げてきたのだった。
(こんなこと、誰にも言えない。知られたらまたイジメられるかも知れない。同情されるどころか、軽蔑される。危ないところだった、口走らなくてよかった)
邦夫は予鈴に感謝した。