第2話 無敵の魔力 その5
邦夫が足早に出た校門に、仁南と遥もゆっくり向かっていた。
「当番って、なんだよ」
馴れ馴れしく顔を近付ける遥に、仁南は顔を背けた。
初めて会ったあの日も、引き寄せられ抱きしめられ、心臓が破裂するかと思う目に遭わされたことを思い出し、またドキドキが止まらない。
遥はそんな仁南の反応を面白がっているように見える。
「放課後に図書室で受付とかするのよ」
「完全下校時間までか?」
「そう」
「どうやって時間つぶすかな」
「待っててくれなくていいわよ」
「なんだよ、嫌なのか?」
非難がましく言う遥に、仁南は少々困り気味。
「嫌って言うか……、ほら、なんかさぁ、冷ややかな視線を感じるから」
「気のせいだろ」
明らかに気のせいではない。周囲の特に女子生徒は、二人を見てヒソヒソ話をしている。
「違ーう! あたしとハル君じゃ釣り合わないからよ、一緒にいるのが不自然なのよ、中村君だって驚いてたでしょ」
「まだ言ってるのか、釣り合うもなにも、行き先が同じだから一緒に帰ってるだけだろ」
「そうなんだけど、でもね、このパターンは少女漫画のセオリーでは、誤解されて妬まれたヒロインが意地悪されるのよ、上履きを隠されるとか、机に落書きされるとか」
仁南は妄想の世界にトリップをはじめた。
「イジメはエスカレートして、可愛そうなヒロインは、悩んで、でも、彼のそばにいたいし、どうしたらいいかわからなくて……」
「お前、俺のそばにいたいのか?」
ハルに突っ込まれてハッと我に返り、仁南は耳まで真っ赤になった。
「そんなイジメは起きないから心配するな、真琴の友達に手出しするやつなんかいないよ」
「真琴さんって、スケバンなの?」
「いつの時代の話だ、って、また妄想の世界か? そんなマンガありそうだもんな」
遥はため息交じりに、
「お前さぁ、自分を低く見過ぎなんじゃない? 中村だってお前と一緒に帰りたそうにしてたじゃないか」
「お近づきの挨拶してただけよ」
「そうか?」
遥は悪戯な笑みを浮かべながら、また仁南に顔を近づけた。
「ストップ!」
今度は両手を顔の前に掲げてのけ反った。
「あなた、自分の顔がどれだけの破壊力を持ってるか知らないの?」
「知ってるよ、俺、モテるもん」
やっぱりからかってるんだ、と仁南はゲッソリした。
「あたしで遊ばないで」
* * *
急な残業ですっかり遅くなってしまった若いサラリーマン佐藤恭介は、疲れながら家路を急いでいた。
(なんであんな先輩の尻拭いせなアカンねん!)
恭介は心の中でぼやいた。予定外の残業は先輩のミス、もともと仕事ができない先輩のうっかりミスなのに、引継ぎが悪かったとか、聞いてないとか、ミスの原因をかぶせられた。
手柄は横取り、ミスは押し付けられる。パワハラ通り越して陰湿なイジメだ。そしてそれに気付かない無能な上司。移動願いはずっと出しているが、なかなか通らない。そりゃそうだろう、まともに仕事ができる自分が抜ければ、業務が回らないんだから。
転職の二文字がちらつく。
(それよりも今はクタクタだ、お腹もすいたし……冷蔵庫になにかあっただろうか? コンビニ寄ってくか)
などと考えながら、夜道を足早に歩いていると。
<そいつら、消してやろうか?>
闇の中から声がした。
「やべぇ、疲れすぎて幻聴が……、いよいよ限界か」
恭介は頭を振った。
<消してやろうか?>
しかし再び聞こえる。
「出来るならそうしてほしいよ、まったく」
幻聴と思いながらも返事をした。
<では叶えよう、契約成立だ>
「えっ?」
急に目の前が真っ暗になった。
街灯は明るかったはず、まだ開いている店のネオンも灯っていたはず、なのに、停電か? 一瞬の間にいろんな考えが浮かんだが、どれも違っていた。
恭介の顔を、黒い影が覆っていた。
「うぐっ」
息が出来なくなった。なにが起きたのかわからない、恐怖でパニックに陥りながら、彼は膝を折った。
黒い影は彼の口をこじ開けて捩じり込んだ。
悲鳴を上げることすらできない。
恭介の四肢が痙攣する。
そのまま地面に倒れるかと思ったが、ほどなく立ち上がり、何事もなかったようにまた歩き出した。