第4話 妖狼の指輪 その9
夜空を見上げる結音の瞳には丸い月が映っていた。
匿ってもらおうと訪ねた真琴は不在だったので、しかたなく時間を潰そうとたまたま見つけた公園にふらっと入った。
辺りに人影がなかったのは幸い、やはり夜の帳が下りると妖狼の血が騒いでじっとしていられない気分だ。
「満月でも変身しないんですね」
通りがかりにふと園内を見た仁南は、結音の姿を見て、つい話しかけてしまった。彼女が妖であることはわかった、懲りない奴だと自分で呆れながらも、結音の様子があまりに寂しそうだったので素通りできなかった。
「はあ?」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった結音だが、仁南を見て、霊力の強さを感じ取り合点がいった。
「あたしの正体が見えてるのね」
「ええ」
「その上で怖がらずに声をかけるなんて」
「危険な感じがしないから」
「まあ、こんな街中で、しかも綾小路家の本拠地で人を襲ったら、どえらいことになるからね」
「綾小路を知ってるんですか?」
「当然よ、妖なら誰でも知ってるわよ、多かれ少なかれ痛い目に遭ってるから」
仁南をマジマジと見て、
「あなたは、血の臭いは違うけど、縁者よね、臭いが染みついてる」
それはいつも遥に抱きつかれているからだろうと仁南は思った。
「ハンターでもなさそうだけど……、それにその目」
結音は仁南の右目を覗き込んだ。黒緋の勾玉とまではわからないまでも、右目に妖力が宿っていることを見抜いた。
「やっぱりわかるんですね、あたしが普通じゃないって」
仁南は誰かと話をしたかった。それも、自分が普通の人間じゃないとわかってくれる人と……、それは彼女のような妖でしかない。一目見た時から彼女が雑魚ではなく強い妖力を持っているとわかっていた。
「そうね、半端ない霊力を持ってるのに、その目には得体の知れない力を感じる、それも」
「邪悪な力ですよね」
仁南はフッと目を伏せた。
「あなたもなにか訳アリのようね」
沈んだ表情の仁南を見て、結音が言った。
「と言うと、あなたも?」
仁南は人狼ではなく妖狼の彼女がなぜこんなところにいるか考えが至った。
「もしかして結音さん?」
「なんで知ってるの?」
「さっき、乃武さんに会ったから、霞さんと話をしているのを聞いちゃったの」
「霞と知り合いなの? あなたいったい何者?」
「あたしは佐伯仁南、何者と言われても困るけど、厄介な霊力を持ってるから、よく妖怪と遭遇するんですよ」
「乃武さんはちょっとやそっとじゃ遭遇しないわ、あたしを捜しに来てるのね、先回りされちゃったのね」
「そんな話をしてました」
結音は大きなため息をついた。
「やっぱ、逃げきれないわね」
「結音さん、狼族の女王になるんでしょ」
「そんなの絶対無理! というより嫌よ、せっかく大学入ったのに、受験勉強頑張ったのに、入学して一年も経ってないのよ、まだ大学生活を満喫したいのにぃ!」
結音は思わず声を張り上げていた。
一見、普通の女子大生に見える大神結音は次期当主候補と目される者だったが、自分では認めていない。狼族の現当主、青狼が病床に臥せったので、即刻、狼の里に来るよう命令を受けたのだが、それが嫌で逃げ回っているのだ。
「青狼様は二千年も生きてきたのよ、それが急に寿命が尽きようとしてるなんて信じられないわよ、それにあたしはただの候補よ、他にも適合者がいるかも知れないじゃない」
結音は肩を落としながらブランコに座った。
「高校時代の恋は最悪だったから、あの黒歴史は早く忘れて、大学に入ったらちゃんと恋愛したいと意気込んで合コンなんかにも参加しまくったけど全然ダメで……、やっぱり獣臭が滲み出てるのかしら?」
ガツガツしているのがバレて、引かれてるんじゃないかと隣のブランコに座った仁南は思った。
「でもね、きっとあたしの正体を知っても愛してくれる男性が現れるのよ、運命的な出会いがあるはずよ、でも、二人の前途は多難、それゆえ燃え上がる恋になるのよ」
結音は夢見る瞳を輝かせて胸の前で手を組んだ。
「あたしはいずれ狼の里に行かなければならない、引き離される宿命を背負った悲劇のヒロイン」
この人は自分と同じ種類なんだと仁南は親近感を持った。でも、自分のように逃避型じゃなくて、ほんとに夢見る乙女なのだ。
「きっと大丈夫です、運命の二人なら必ず最後はハッピーエンドですよ」
「そうかしら!」
妄想の世界はいつもハッピーエンド、現実がそうなることは少ないが、ガッツありそうな結音なら大丈夫な気がした。
その時、結音の表情が一変した。
立ち上がり、仁南の前に立って自分の後ろに隠した。
今までの緩い雰囲気は反転、結音の体から警戒信号の強い妖気が滲み出た。




