第4話 妖狼の指輪 その7
「もうすぐだ、大丈夫か?」
慣れない山歩きで足元がおぼつかない祭を、剛生は気遣いながらゆっくり進んでいた。
二人は狼の里を目指していた。
陽は傾いてきたが、ペースを上げるのは祭には酷だ、しかし、日が暮れる前には到着したい。
妖世からの入口は、人間の祭にはきついかも知れないと徒歩での入山を選んだ。ハンターをしていた祭は強い霊力を持っているが、それでも危険は冒したくなかった。
しかし、この道も安全ではなかった。
剛生は周囲の不穏な気配を感じ取った。
本能が危険を察知する。
足を止め、祭を背後に隠した。
荒い息遣いが近づいてきた。
木々の陰から覗く目。
(なぜ、こんなところに?)
剛生はそれが人狼であることに気付いたが、長く狼族と距離を置いていたため、凌生の反乱事件を知らなかった。
(無闇に人狼を作ることは禁止されているはずなのに、ニ十匹はいる、どうなってるんだ?)
剛生の実力なら襲われても始末するのは容易いが、もし、彼らが里の護りを任されているのなら面倒なことになる。
祭も得体の知れない敵に囲まれているのはわかったようで、震えているのが背中に当てた掌から伝わる。
(どうする? 祭を庇いながら、殺さずに凌げるか)
躊躇している間に、一匹が飛び掛かって来た。
(警告もなしか!)
剛生は両手を狼化して、鋭い爪で人狼を払い除けた。
「ギャン!」
短い悲鳴を上げて、人狼は地面に転がった。
切り裂かれた喉笛からは血がドクドクと流れ出て地面に染みる。やはり殺さずにダメージを与えるのは難しい。
それを見て、今度は数十匹が一斉に飛び掛かった。
一撃では防げない、祭の安全を最優先に考えて剛生は彼女を抱えて木の上に逃れようとした。
次の瞬間、なにかの圧を感じた。
妖気ではない清浄な空気圧。
今までに感じたことのない気配に剛生は一瞬、身が竦んだ。
人狼たちがそれに弾かれた。
数十匹がすべて木や地面に叩きつけられた。
なにが起きたか把握できずに、祭を抱えたまま茫然としていた剛生の前に、高校生くらいの少女が姿を現した。
敵か味方か判断できない。人狼をなぎ倒した少女は間違いなく人間、綾小路の血の臭いはしないがハンターかも知れないし、自分たちに加勢する形になったのはたまたまかも知れないと剛生は警戒した。
吹っ飛ばされた人狼たちだったが、即死したわけではない、ヨロヨロと起き上がって、敵意剥き出しの目を向けた。しかしまだ動けないでいる。
「こちらへ」
少女が促したのは、大木の大きな洞、その真っ黒な穴は妖世への入口に違いない。
祭を連れて入るのは危険すぎると躊躇する剛生に少女は笑みを向けた。
「あたしは未空、青狼に言われてあなたを迎えに来たのよ、安心して、あたしと一緒ならその人は妖世を通り抜けられるから」
青狼を呼び捨てにするこの少女は何者かと眉をひそめたが、考えている暇はない、回復した人狼が再び飛び掛かろうとしている。
剛生は祭を抱えて、黒い穴に歩を進めた。
* * *
「せっかくですから重賢様にもご挨拶を」
銀杏の森から出た時はコバルトの空に星が浮かんでいた。霞と乃武、仁南は庫裡へ向かった。
遥はもう帰っているだろうか?
なぜ衝動的にあんな大胆なことを言ってしまったのだろうと、思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい仁南は、とうぶん顔を合わせたくなかった。
足取り重く、仁南は二人から遅れをとっていた。
霞はそんな仁南の様子に気付いて目を細めた。
「今日はハンバーグだな、わたしは生肉のほうが好みだが、遥の料理の腕はなかなかだからな、一緒に食ってやろう」
「ハンバーグ?」
「お前の好物だろ?」
霞は仁南の手を取った。
「なにがあったか知らんが、遥も反省しておるから食い物で気を引こうとしてるんだろう」
「ハル君はなにも悪くないです」
「いいや、きっと奴が悪い」
内容も知らずに霞は断言した。
(きっと呆れられてる、軽蔑されてるわよね。それでもあたしの霊力が必要だから、きっと今まで通りの関係を望んでるはずだわ、抱く気にはなれないとしても、離れるわけにはいかないでしょうから)
「わたしの分もあるでしょうか? 人間の料理もなかなかの美味ですし」
乃武は期待に目を輝かせた。
「どうだろ、他に客が来てるみたいだし」
「こんな時間に?」
霞が庫裡の玄関を開けると、数足の靴が並んでいた。
そして、テンションの高い女子の声が聞こえた。
「会いたかったわ、遥!」
「八栄、なんで君が?」
声がするリビングダイニングに入った仁南は、遥に抱きつく八栄を見た。




