第4話 妖狼の指輪 その6
白い漆喰の塀がずっと続いていた。
立派な門から中へ入ると、視界に広がる庭園の美しさに目を奪われる。
ちょっとした観光地さながらの日本庭園、築山から流れ出す小さな滝は池に続き、お決まりの錦鯉が悠々と泳いでいた。燃える紅葉が、水面に影を落としていた。
飯島学斗と八栄の兄妹が通された大広間は、50畳はあろうかと言う大袈裟なもので、その上座に、大和絵が描かれた豪華な屏風を背にして、綾小路家の当主、颯志がデンと胡坐をかいていた。
颯志は白く長い髭を蓄えた仙人を思わせる老人で、横には瑞羽が座っていた。
その前で学斗と八栄は畳に額を擦りつける深いお辞儀をしていた。
学斗はガッチリした体格の好青年、綾小路家の分家で北海道を統率している飯島家の嫡男で二十二歳の大学生、妹の八栄は高校二年だが豊満の胸を強調するフィットした服装で年齢よりも大人びたお色気たっぷりの女性だ。
「狼の里へ行きたいやて?」
二人の旋毛を見ながら、颯志は顔をしかめた。
「久しぶりに訪ねてきたと思たら、また無茶なことを言いだしよる」
二人は幼い頃から両親と共に何度も本家へ挨拶に来ていたので、颯志もよく知っている。
「本家には、狼の里に行った人がいると聞いています」
「本家のハンターで行ったもんはいーひんで」
颯志の言葉で、瑞羽は真琴のことは言うなと言っているのが察して口を噤んだ。
「じゃあ、誰が」
「忍びの末裔の娘や、従妹が狼に拉致されて取り戻しに」
「俺の彼女も拉致されたんです」
「確か祭やったな、幼馴染の」
瑞羽は年の近い祭とも面識があった。
「大学を卒業したらすぐ結婚するって言うてた」
「そうなんです、来年は卒業だし、準備も進めていたのに」
「けど、妖狼に拉致されたとなると……」
もう生きてはいないか、僕として人狼にされている確率が高いと瑞羽は思ったが、言いよどんだ。
「確か忍びの末裔の従妹は人狼にされてしもたんやな、その子は人には戻せへんし、狼の里で暮らしていると聞いた」
颯志は容赦なく言った。
「祭も、生きててもその可能性が高いと思うで、行ったところで無駄やと思う」
「そうかも知れません、でも、この目で確かめないとあきらめられません」
学斗は思い詰めた目を颯志に向けた。只ならぬ切迫感に颯志は不安を覚えた。彼の瞳の奥には闇が潜んでいると感じた。
「それで、復讐するつもりか? 敵地に乗り込んで」
颯志の厳しい語気に、学斗は苦悩の表情を浮かべながら沈黙した。
「死にに行くつもりやったら容認できひんで」
颯志は非難の目を向けた。
「そもそも狼の里は障壁で覆われてるさかい山には入れへん、それを破れたとしても、すぐに気付かれてしまう、他には妖世から入れる道が作られてるらしいけど、普通の人間が通れる道やない、妖世はよほどの霊力がないと正気を保てへん場所やしな、お前たちが行くのは無理や」
「でも、その忍びの末裔は行けたのでしょう?」
「上野未空は五大の能力を持つ高僧の転生者で、強い霊力の持ち主や、お前たちの比ではない」
颯志や瑞羽としては、今、人狼討伐で共闘している妖狼と事を起こしたくなかったので、不埒な考えを持つ学斗を里に行かせるわけにはいかない。
その時、
「乃武さんが悠輪寺に来てますよ」
いつの間にか部屋の隅に正座していた流風が発言した。
声を出すまで誰も流風の存在に気付いていなかった。
「狼の里と聞こえたもので」
流風が自然と気配を消す癖がついていることを知っている颯志と瑞羽はさして驚かなかったが、飯島兄妹は目を丸くした。
「なんでタイミングよく都合よく乃武さんが来てんの?」
瑞羽が眉をひそめた。
「それは知りませんが、霞と森へ入っていきました」
「乃武は狼族の重鎮や」
颯志が飯島兄妹に説明した。
「今、人狼がやたら出没してるやろ、あれは三年前に狼族の長、青狼に反旗を翻した者の僕の生き残りなんや、大掛かりな謀反で、関わった狼族と人狼の数も多かったんや、そもそも人狼を生み出すのは禁術やったし青狼の本意ではない、綾小路家としても残党の人狼狩りに協力してるんや」
「狼族と手を組むなんて、信じられません」
学斗は驚きの目を向けた。
「話が通じる妖怪もいるんや、すべてが敵とは限らへん」
「そうなのですか……」
「乃武に里の様子を聞けるやろ、祭の消息も」
すべての妖怪は狩るべき敵と教えられて育った飯島兄妹にとって、妖狼に話を聞くなんて、衝撃的な展開だったが、綾小路家の当主に異論を唱えるわけにはいかない。
「では、とりあえず悠輪寺へ行ってみます」
「重賢に事情を説明して、乃武と話をつけてもろたらエエ、失礼な口きいて怒らせへんようにな」
「気をつけます」
学斗は立ち上がろうそしたが、八栄は、
「遥君は今、どうしておられますか?」
唐突に、颯志に尋ねた。
「遥?」
「彼とは同じ時期、ロスに滞在していて親しくさせてもらってたんです。でも帰ってからは会う機会が全然なくて、せかっく京都まで来たんだから、久しぶりにお会いしたいなと思って」
「お前、もしかして無理やり着いてきたのはそのためだったのか」
学斗は叱るような厳しい目を八栄に向けた。
「ハルも寺にいる」
流風が素っ気なく割り込んだ。
「そうなんですか?」
「ハルは家より寺にいるほうが多い」
「ちょうどいいわ、向こうでは一緒に狩りもしたから、今回のことも協力してくれるかもしれないし」
「関係ない人を巻き込むわけにはいかないだろ」
「ここへ来た時点で、巻き込んでるんやけどな」
心なしか冷たい颯志の言葉に、
「申し訳ありません」
学斗は再び頭を畳みに擦りつけた。




