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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第3章 運命の人

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第4話 妖狼の指輪 その2

 人狼狩りを終えた流風るかは、かすみとともに銀杏の森に入った。

 本当は一人になりたかったが、霊力が強いとはいえ人間である流風は単独では森へ入れない。


「お前はこの場所が好きだな」

「ええ」

 銀杏の木が立ち並ぶ静寂に包まれた森所は、幽世かくりよ現世うつしよの狭間、特にその一画は霊木大銀杏が守る霊気に満ちた場所だ。あやかしたちはここの霊気に触れると癒され、妖力を増す、妖たちにとっては憩いの場所である。

 しかし、普通の人間がここの霊気に当てられると、正気ではいられない危険な場所でもある。


しずく様が眠ってらっしゃるから」

 かつては樹齢千年の大銀杏が聳え立っていたが、三年前の戦いで焼失し、その後、雫の屍を苗床として育った新しい霊木はまだ若木だった。


「雫様ともっと話をしたかったのに、逝ってしまわれた」

「わたしがおるだろ」

「そうね、でも霞に未来は見えないわ」

「ああ、あの鏡か」

「もう鏡を見れる人はいない」

 流風は銀杏の霊木にもたれかかりながら座り込んだ。


 綾小路家に平安時代から祭られている銅鏡、それは未来を予見する力がある鏡だった。綾小路家の長老だった雫だけが、その鏡に映るものを見ることが出来たが、雫亡き後、鏡を見ることが出来る者はいない。


「鏡に自分の未来を託そうと考えたのか? 情けない奴じゃのぉ」

「現に、鏡の神託であたしはここへ来て、あたしの生活は変わったわ、だからまた鏡に未来が映れば……」

 霞は横に腰を下ろすと、子供をあやすように流風の頭に手を置いた。


「未来はお前のモノだ、そんなものに頼らずお前が決めるんだ」

 返事が出来ずに流風はただ首をうなだれた。

「人間と言う生物は忘れることができる生き物なのだ、辛いこと哀しいこと苦しいことがあっても、忘れて、また新しく前へ進めるのだから」


「忘れろと?」

 忘れる……、霞が言う〝忘れる〟とは、なにを指しているのか流風にはわかっていた。決して報われることのない想い、流風の心に芽生えてしまった想いのことを言っているのだろうと。


「人間の寿命は短いから忘れて進まないとアッという間に老いてしまうぞ、幸せを掴む前に寿命が尽きるんだ、だから大丈夫だ、珠蓮じゅれんのことなど忘れられる」

「ムリ」


「いつまでも苦しいだけだぞ、鬼と人間は一緒には生きていけないんだ」

「……じゃあ蓮が人間に戻れはいい」

「戻れない、そんな前例はないのだ」


「あるわ、黒緋くろあけ勾玉まがたまを手に入れて、蓮を人間に戻す」

「確かにな……、黒緋の勾玉の力なら、鬼を人間に戻すのも不可能ではないだろう、だが、珠蓮はそんな願掛けはしないだろう」

「あたしがする」


「願いが大きければ大きいほど勾玉は大量の血を要求する、蝦蟇がまに深手を負わされて瀕死のはるかを助けた仁南になは、輸血が必要なほど血を吸われたんだ、鬼を人間に戻すなんて不可能に近い願いを叶えるためにはどれだけの血が必要になるのやら、その対価は願掛けした人間の命に値するかも知れない」


「覚悟はできてる」

「お前は自分の命を危険に晒してまで珠蓮を人間に戻したいのか?」

「蓮はもう十分苦しんだ」

「自分のためにお前が命を落としたら、珠蓮はさらに苦しむとは思わんのか」


「あたしがいなくなっても蓮は気にしない」

「お前って……」

 どこまで鈍感なのかと思ったが、言ったところでわからないだろう。


「霞はあたしに早く死んでほしいんじゃなかったの? 死んで、今度は男に転生してほしいんでしょ」

「急ぎはしない、我らの寿命は長いからな、あと数十年くらいはお前を見てても飽きないだろうしな、よく考えるのだな」


 その時、霞の鼻先をフッと懐かしい匂いが掠めた。

「おや、珍しい奴が来てるようだ」

 霞ほどの嗅覚がない流風は小首を傾げた。


「迎えに行こう」

 二人は連れ立って森から出て行った。


 少し離れた木の陰から、仁南になはそれを見送った。

 距離はあったものの、話は丸ッと聞こえていた。


 そしておそらく霞は仁南がここにいることに気付いていただろうと推測した。自分にも聞かせたかった話なのだ。

 もし、黒緋の勾玉を取り出すことが出来ても、流風には絶対渡してはならないと知らせるために。


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