第4話 妖狼の指輪 その1
その年は寒さが厳しかった。
深い森は雪に閉ざされて人が立ち入ることは出来ない。
二人きりでひっそりと暮らしてきた質素な山小屋で、その夜、彼女は最期の時を迎えようとしていた。
「死んでも、あたしを忘れないで、ずっとあたしだけを愛し続けて」
布団に横たわる老女は、枯れ枝のような手を伸ばした。
それをしっかりと受け止めたのは、まだ若い二十歳くらいの青年だった。
黒貂の毛皮を纏ったその青年は、烏の濡れ羽色の長髪を無造作に後ろで一つに括り、長い前髪が浅黒い顔にかかっているが、眉目秀麗な美しい顔立ちだった。
「狼族の愛は深い、一人の相手と生涯添い遂げるんだ、お前以外を愛せるはずはない」
男はもう一方の手で、皺だらけの彼女の頬を優しく撫でた。
男は妖狼、そして老女はただの人だった。
出会った頃は彼女も若く美しかったが、妖と人とでは刻む時が違う。彼女のほうが圧倒的に早く年老いて死ぬのは、最初からわかっていた。
妖にとって人間の寿命は短すぎる、狼男にとっては泡沫の愛だと、この日が訪れるのも覚悟はしていたが、それは彼にとってあまりにも早かった。
「悲しまないで、あたしはあなたが生きている限り生き続けることが出来るんだから、人は二度死ぬと言うでしょ、一度目は肉体の死、そして二度目は愛する人に忘れ去られた時の死、あたしには二度目の死は訪れない」
「そうだな」
「でも、もう一度、肉体を手に入れてあなたの前に現れるわ、生まれ変わったあたしを、きっと見つけてちょうだい」
彼女は力なく微笑んだ。
「もちろんだ、必ず見つける」
その言葉を聞きながら、彼女は静かに目を閉じた。
枯れ枝のような手からも力が抜けた。
笑みを浮かべながら穏やかに眠っているようにしか見えない老女、しかし、心臓の鼓動は止まっていた。
男は瘦せこけた老女の体を抱き寄せた。
まるで赤ん坊を抱くようにそっと優しく。
体温が低下し、彼女の体が冷たく硬直しても、その体を大事そうに一晩中抱きしめていた。
朝日が昇る頃、男はようやく老女の体をそっと布団に戻した。
小屋を出ると、朝日に照らされた雪がキラキラと輝いていた。
その眩しさに目を細めながら、男は両手の中に炎を熾した。
妖狼の能力である炎は、翳しただけで小屋全体を包み込んだ。
彼女の体ごと燃やし尽くす炎は、朝日を煙らせた。
「古い肉体は燃え尽きた、やがて新たな肉体に魂が宿るだろう」
灰になった山小屋の残骸を見届けてから、男は漆黒の狼に姿を変えた。
遠吠えをひとつ。
そして彼女との思い出の場所を後にした。
漆黒の狼は、愛した人の生まれ変わりに巡り会うための旅に出た。
* * *
数体の人狼が血まみれで横たわっている。
流風と瑞羽はそれを見下ろしていた・
人狼の集団がアジトとして使っていたビルの一室は、長テーブルと数脚のパイプ椅子しかない殺風景な部屋だった。キッチンも使用した形跡はなかった。
人狼たちがどんな生活をしていたかはわからない、しかし、彼らが仲間を増やして群れようとしていたことは間違いない。それは狼の本能なのかも知れなかったが。
情報をもとに乗り込んだ流風と瑞羽は、そんな人狼たちを数分で一掃した。
「キツイなぁ」
瑞羽は大きな吐息を漏らした。
「こいつら、ついこの間までは人間やったんやろ、無理やり人狼にされた犠牲者やのにな」
「気にすることはないわ、もう人じゃないんだから」
流風は淡々と言う。
「そうやな、放っておいたらまた犠牲者が増えるだけやしな」
遅れて駆け付けた遥と侑斗は、すでにことが終わった室内を見て、ドア口で唖然と立ち尽くした。
「俺たちの出る幕はないか」
「そのようやな、清掃班を手配するか」
切り裂かれた人狼の遺体を見て、ほとんど流風が殺したのだと遥は察した。
「やっぱ凄いな、流風は」
「まあ、俺たちとは次元が違う……、俺たちも流風ほどの霊力があったら、芙蓉を討てるかも知れないのに」
「ないモノねだりやな」
喉から手が出るほど欲しい、鬼と戦える力。しかし、それは生まれつき授かるもので、どう足掻いても流風のようにはなれない。
「お前はまだイイよ、馬鹿力があるしな」
「ハルは筋トレが足りひんのや」
侑斗はマッチョな力こぶを見せた。
「いや、お前みたいに鍛えたら、俺は潰れる」
「なにゴチャゴチャ喋ってんの、帰るで」
ドア口をふさいでいる男二人を、瑞羽は押しのけた。
流風は、
「なにしに来たのよ」
一刺ししてから、瑞羽に続いて通り抜けた。
さっさと帰っていく二人の後姿を見ながら、
「それにしても、最近の流風、鬼気迫るもんを感じるよな、仕事熱心なんはエエと思うけど、なんかなぁ」
脳筋に見える侑斗だが、周りをよく見ているし敏感に感じ取る。流風の苛立ちにも気付いていた。
もちろん遥も気になっていた。流風もどうにもならないことで溜まるストレスを、狩りで発散しているのだろう。でも、それは危険な行動ではないのか? と遥は心配だった。




