第3話 赤い糸の先 その15
悠輪寺の敷地内にある墓地。
片隅で遥が屈んで小さな塚に手を合わせていた。
「あの子の墓か」
背後から珠蓮が声をかけた。
遥は立ち上がりながら振り返った。
「かつて綾小路家のために働いたのに、邪魔になって捨てられた可哀そうな子だったんだからな、公に供養出来ないからこんな粗末な墓だけど、せめて花くらいはと思って」
石を積み上げただけで墓標もないその塚には花が供えられていた。
「亡骸を持ち帰って、重賢に頼んだんだろ」
「ああ、亡骸って言っても一握りの砂だけど」
あの後、白哉に拾われた珠蓮が戻った時は、すべてが終わって芙蓉も去っていた。残っていたのは気絶した仁南を抱きかかえる遥と足元の砂山。
ほどなく、強烈な妖気を辿って来た瑞羽たちも到着した。
「俺の手柄にしてくれたおかげで、煙たがられてる俺の株が少し上がったよ」
「あそこに芙蓉がいたことは俺たちしか知らないし、知られたら説明が面倒だろ」
遥は咄嗟に、珠蓮が奥の院から逃げた鬼を仕留めたと捜索隊長の瑞羽に報告した。なにか訳アリなのを察していた瑞羽だが、それを受け入れてくれた。
「俺は、鬼がわからなくなった、レンのように特別な修行を積んでないのに、あの子、梢には人の心があった。それも愛する人のために尽くす健気な女の子だった。そんな子を俺は利用して芙蓉と戦わせてしまった」
「芙蓉はやはり強いな、俺が一撃で吹っ飛ばされちまう妖力の持ち主、身体を石化できる特殊能力まで持っている鬼に勝つんだから」
「仁南が黒緋の勾玉の力を乗せた言霊で動きを止めたから、不意をつけたんだ」
そう言ってから、あの時のことに思いを巡らせた。
「いいや、それだけじゃない、梢はなにかを思い出したんだ、そして怯んだ」
「なにを思い出したんだろうな」
「わからないけど、仁南が言ってた、とても悲しそうだった、涙を流してたって……、また仁南に嫌なモノを見せてしまった」
「悔やんでるのか? その子を死なせてしまったことを」
「いいや、それはない、あのまま鬼として生きてても、幸せな未来はないんだから」
と言ってから、珠蓮に対しては失言だったと悔やんだ。
「ゴメン、無神経なこと言って」
「いいや、お前の言う通りだ」
珠蓮は寂しそうな笑みを浮かべた。
「それにしても、芙蓉はまたお前を見逃してくれたんだな、はる様違いをいいことに、梢を騙して芙蓉を殺そうと企んだことはバレてたんだろ?」
「ああ」
「お前はそうとう芙蓉に気に入られてるんだな」
「気に入られてるのは仁南だよ、昔の仲間の生まれ変わりだと思ってるから」
「仲間か、アイツにもそう言える存在があったんだな」
ずっと独りぼっちじゃなかったと思うとなぜかホッとした自分に、珠蓮は苛立ちを覚えた。
「それでなぜか仁南には俺が必要だと思ってるらしいんだ、仁南はもう自分の身は自分で護れるし、俺なんかいなくても大丈夫なのに」
「芙蓉はそう言うとこ勘が良かったからな」
「どういう意味だ?」
「お前って、ほんとポンコツだな、」
「なんだよ、ポンコツって!」
ムッとする遥をよそに、珠蓮は話を切り替えた。
「なあ、仇討ちなんて忘れて、普通の高校生になりたいとは思わないか?」
「忘れるなんて無理だ、あの日のこと、あの日見た光景が目の奥に焼き付いて消えない、それに仁南だって黒緋の勾玉を持っている限り、芙蓉との関係は切れないだろ」
「それもあったな……」
珠蓮はバツ悪そうに後頭部を掻いた。
「でも、せめて仁南には高校生活を楽しんでもらいたいかな」
* * *
正門には文化祭のアーチ。
それをくぐると、普段では見られない賑わいの校内。
中庭には各部活が催す模擬店の屋台が並び、校舎の廊下は色とりどりの装飾が施されて、各クラスが工夫を凝らした展示物が準備された教室へといざなう。
「意外やったな、昨日も今日も仁南を放置やなんて」
弥生が言った。
仁南は、弥生、紗和と文化祭を満喫していた。
「おかげでゆっくり回れたけどな、ハル君がいたらやたら注目されるやろ」
二日間、仁南はクラスの展示物の受付当番以外は、紗和と弥生、三人であちこち回っていた。別行動を取っている遥と出くわさなかったことに、仁南は違和感を覚えていたが、
「女同士のほうが気兼ねなく動けるし、気を利かしてくれたのよ」
あの日、梢との間になにがあったのか、遥は詳しく話してくれなかった。梢の亡骸を一握り持ち帰って、重賢に供養を頼んだのも知っているし、仁南はいろいろ聞きたいことはあったが、落ち込んでいるのがわかったので聞く勇気が出なかった。
(あたしの事件でなぜか責任を感じて苛立ってたし、三和さんの事故死に続いて今回のこと……、今は沈んでいて覇気がない感じで心配だけど、あたしなんかじゃ元気付けることも出来ない)
仁南は大きな溜息をついた。
「なにボーッとしてんの、お得意の妄想か?」
弥生がつい考え事をしていた仁南の顔を覗き込んだ。
「違うわよ、なんか、お腹空いちゃって」
「ほな、次は模擬店やな」
(そう言われれば、ここんとこ妄想が浮かばないほど、怪事件、ショックな事件、悲しい事件とアレコレ起き過ぎて、頭の中も余裕がないのよね)
仁南はリアルで妄想を超える出来事があると、自分勝手な甘いストーリーも浮かばないことに改めて気付いた。
三人は模擬店の屋台が並ぶ中庭へ出てきた。
「あと、食べてへんのはどれやった?」
屋台を見渡す紗和に弥生は飽きれ顔を向けた。
「全種類食い尽くす気か?」
「アレにしよ、さっきは行列が出来てて断念したし」
紗和はたこ焼きの屋台に向かった。
「行列が出来たってことは、期待できるじゃない」
仁南もあとに続いた。
たこ焼き屋台の前にいる三人を、俯瞰で見ている遥がいた。
今日は使われていない教室の窓から、遥は仁南たちの様子を見守っていた。
「エエんか? 一緒にいなくて」
侑斗が後ろから覗き込んだ。
「楽しそうにしてるじゃん」
「お前といる時よりな」
侑斗は揶揄うように言ったつもりだが、遥は真に受けた。
「そうだな、そろそろ仁南離れする頃合いかも」
「なんや急に、別れるつもりなんか?」
「別れるって、付き合ってたわけじゃないし」
「そうなんか?」
「いつ死ぬかわからない俺なんかが、彼氏になる資格ないよ」
「お前……、まだ姉さんの仇を討つつもりなんか?」
「それはお前も一緒だろ、それに」
侑斗にまだ打ち明けていなかったこと。
「仇は見つけた、芙蓉だった」
なぜ今まで黙ってたんだ! と責められるのを覚悟した遥だったが、
「やっぱりそうか」
侑斗の反応に驚きの目を向けた。
「隠しててもわかる、お前とは長い付き合いなんやし」
「バレてたか」
「お前、わかりやすいで」
侑斗はそう言いながら、歩きながらたこ焼きを食べている仁南をチラッと見てから話を続けた。
「一人で芙蓉に挑むつもりなんか? そら死を覚悟するわな、けど、芙蓉はレンにとっても仇やし、お前だけが背負うことないやん」
「翠姉さんの件だけじゃないんだ、芙蓉は仁南が持つ黒緋の勾玉を狙っているし、ずっと彼女に付き纏うだろう、いずれ他の妖怪たちにも勾玉の存在を知られてしまうかもしれない、仁南に危険が迫ってるんだ、早く芙蓉をなんとかしないと」
「安心した、姉さんのためだけに固執してんのかと思てたけど、仁南のためやったんやな」
「それは違う! 翠姉のことは一日だって忘れたことない」
「俺はエエと思ってるんやで」
侑斗は遥の肩に筋肉質な腕をまわした。
「お前が罪悪感に苛まれてるのを見るのが辛かったんや、ロスから帰っても相変わらず俺に負い目を感じて、妙に気遣ってる、いい加減うんざりしてたんやけど、仁南が来てから、やっと元のお前に戻りかけてる」
「元の俺?」
「俺と対等なお前や、俺ら幼馴染みで親友やろ? 俺はそう思てる」
「でも俺は、お前に、お前の家族に取り返しのつかないことを」
「誰もお前のせいなんて思てへん、そやし、俺にも背負わせてくれよ、一人で芙蓉を何とかしようなんて思わずに、俺と一緒に」
「そうだな……、でも、お前の体重は背負えない」
思いきり圧し掛かっている侑斗の腕を叩いた。
「重いんだけど」
「ヤワやなぁ」
侑斗は肩から腕を下ろした。そして、再び窓から仁南たちを見下ろし、
「黒緋の勾玉な、体内から勾玉を取り出す方法はないんやろか」
「そうだな、もし、勾玉が取り出せたら」
遥は優しい目で仁南を見下ろした。
「仁南の重荷を一つ降ろしてやることが出来るのに」
第3話 赤い糸の先 おしまい
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだ続きますので、これからもお付き合いいただければ幸いです。




