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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第3章 運命の人

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第3話 赤い糸の先 その14

 こずえの胸元から黒い手が飛び出す瞬間を、仁南になはるかの肩越しに見た。

 それは初めて会った日、ひびきの心臓を握りつぶしたのを彷彿させつものだった。現に、梢の心臓が握られていた。まだドクドクと動いていた。


 自分の身になにが起きたか、一瞬、把握できなかった梢だが、視線を落とした先に、自分の心臓が握られた鬼の手を見た。


(ああ、虚しい、胸に穴が開いたようになにもかもが虚しい……そうか、ほんとに、胸に穴が開いちゃったんだ)


 声にならず、口からは血が噴き出した。


(あたしは死ぬのね)

 梢の目から涙が一粒零れ落ちた。

(はる様の腕の中じゃなくて、独りぼっちで)

 遥の腕の中に、大事そうに抱き締められている仁南を切なそうに見た。


 芙蓉が力を込める。

 梢の心臓を握り潰した。


 梢の体は瞬時に風化した。

 その刹那、一瞬、口角が上がった。

 それが笑みだったのか判断できない間に、梢の全身は砂となって崩れた。

 そして芙蓉の手の中の心臓も崩れて消えた。


 梢が最期にどんな顔をしていたのか、背後から襲った芙蓉には見えなかった。

 見なくてよかったと思った。

 なぜなら、遥の肩越しに仁南の表情が見えたからだ。


 辛そうな、涙をいっぱいに溜めた目で、梢が消え去るのをじっと見つめていた。


 仁南はあの子が何者か知っていたのだろうか? と芙蓉は思った。なんにせよ、梢のために泣いてくれる人が一人でもいて、よかった、と……。


 一方、身を挺して仁南を庇ったつもりが、何も起きていないことにようやく気付いた遥は、ハッとして振り返った。


 そして仁王立ちする芙蓉を見上げた。

 足元には砂の山となった梢の残骸。

「残念だったわね、勝ったのはあたしよ」

 勝ち誇った芙蓉の姿、それよりも、腕の中でグッタリしている仁南のほうが心配だった。


「仁南!」

 意識を失っている。

 右目からは涙のように血が零れ落ちた跡が残っていた。


「言霊に勾玉の力を乗せて発したのよ、だから六百年も妖力を蓄えてきた梢の動きを封じることが出来たんだわ、また自分の血を勾玉に吸わせたんだから疲れ果てて当然だわ」

 芙蓉が言った。


「仁南には手を出すな!」

 仁南を抱きしめながら震えている遥を見て、芙蓉は笑った。

「そう怯えなくてもいいわ、仁南もお前も殺すつもりはないから」

「えっ?」

「仁南を護ろうとした心意気に免じて」


「結局、護られたのは俺の方だけどな、いつだってそうさ、俺自身なんの力もないし」

「まったく、情けない男だな」

「そうさ、お前が一番よく知っているだろ、俺には仁南の傍にいる資格なんてない、人の道を踏み外しているし」


「ああ、例の件を言ってるなら、あの女を殺したのはあたしじゃないわよ」

「えっ?」

「あたしはあんな殺し方しないわ」

 キッパリ言う芙蓉に、遥は疑わしげな目を向けた。


「ただの事故なのか?」

「いいえ、小学生の妹に突き落とされたのよ」

「まさか!」


「確かよ、あの女の動向を探っていた枕小町が目撃してたもの、小学生にそこまでされるくらい、酷いことをしたんじゃない?」

 史乃の夢を食べる機会がなかった枕小町は、三和家の家庭事情、彼女の性格が歪んでしまった訳を知らない。もちろん遥も知らない。


「なんでそんなことに」

 まさか妹に突き落とされたなんて、遥には信じられなかった。

「人間のやることは理解できない、あやかしは本能で人を殺すけど、人間は煩悩で殺すから……。他に目撃者はいないみたいだし、事故として処理されるんでしょうね」

 当然、枕小町は目撃者になりえない。


「いずれ、真実は明るみに出る時が来るさ」

「そうかしら? 仁南が襲われた件だって迷宮入りで、黒幕の名は出ないでしょ」

「でも、報いを受けた」


「たまたまでしょ、罪を犯しても報いを受けず、幸せな人生を全うする人間って、けっこういるものよ、人の世は不公平なのよ」

「妖怪の世界は公平なのか?」

「弱肉強食、単純よ」


「少しは気が楽になった? 責任回避できて」

「お前に頼んでしまった時点で、罪を犯してることに変わりない」


「嫌いじゃないわよ、お前みたいな性悪は……。仁南は現実逃避で自分を護ってるつもりの甘ちゃんよ、お前みたいな腹黒が傍にいたほうがいいのよ」

 芙蓉は意地悪な笑みを浮かべた。


「ずいぶん仁南に入れ込んでるんだな、花菜とかいう子の生まれ変わりなのか、本当のところはわからないのに」

「そうね、でも、この子が勾玉を持っているのも、なにか因縁めいたものを感じるし」


 芙蓉は上空を見上げて、

「おっと、長話してる場合じゃない、アイツが戻ってくる前に消えるか」

「で、レンはどこまで吹っ飛ばされたんだ?」


「じゃあ、またね」

 そう言ってさっさと去る芙蓉の後姿を見送りながら、また会う時はしくじらない、お前を必ず殺す、と遥は決意を新たにした。


 しかし、内心は複雑だった。

 あまりにも芙蓉に近付き過ぎた。鬼ではない、人の部分を見過ぎた。

 もし、芙蓉を殺したら、仁南は悲しむだろうとも思った。


 遥は目を閉じたままの仁南の頬を、優しく撫でた。



   *   *   *



 猫化した白哉びゃくや珠蓮じゅれんを背中に乗せて空を駆けていた。

「いつから空を飛べるようになったんかと思たら、吹っ飛ばされたんが、情けないなあ、それにしてもお前をボールみたいに放り投げるなんてすごい怪力やな」


「ふいを突かれたんだよ、わかってたらむざむざ飛ばされたりしない」

「で、その鬼は?」

「もう妖気が消えてる、芙蓉に殺されたんだろうな」


 白哉は疑問だった、芙蓉と珠蓮の力の差は歴然だ。なぜ、目障りな珠蓮を一思いに殺さない? まだ人だった頃の未練があるのか? 


(芙蓉には人の心が残っていると珠蓮はわかっているのか? まだ珠蓮を愛しているから彼を殺さないと考えれば、珠蓮は自分を殺すように仕向けるのが芙蓉に対して最大の復讐になる。そして珠蓮が殺されれば、流風るかが黙ってはいない、全力で芙蓉を殺しにかかるだろう、流風にはかすみがついている、霞が流風を護ろとすれば芙蓉に勝ち目はないだろう。珠蓮はそんな筋書きを描いているんだろうか?)


(もし、芙蓉が黒緋くろあけ勾玉まがたまを手に入れて人間に戻ったらどうするんだ? 珠蓮はそれでも彼女を殺すのか? そうしたら珠蓮はその後どうするんだ?)


「あそこだ」

 二人は仁南を抱える遥を発見して降下した。



   *   *   *



「あの子、最期になにを思い出したのかしら、言霊ことだまで封じられただけじゃなかった、石化の能力を使うのも忘れるほどのショックを受けてた」

 枕小町まくらこまちとともに、妖世あやしよの真っ白な空間を歩きながら、芙蓉は遠い目をして最期に見た梢の後姿に思いを馳せた。


「あたしにも見えないほど心の奥底に閉じこめていた記憶よ、よほど辛いものだったんでしょうね」

 枕小町の声はいつもながら冷ややかだが、ちょっとしたトーンの違いを芙蓉は聞き取れるようになっていた。

「もうわからないけど」


冴夜さよのところへ行くわ」

 芙蓉は突然、話を変えた。

「どうしたの、いきなり」


「なにか知ってるのよ、仁南になの右目に黒緋くろあけ勾玉まがたまがあることを気付いてて教えてくれなかった、でも、取り出し方も知ってると思うのよ」


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