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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第3章 運命の人
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第2話 女難の因縁 その14

 朝はそうでもなかったのに、昼休みになる頃には、またいたたまれなくなるような視線を向けられていることに気付いた仁南は、教室からそそくさと出た。

 ちょうど弥生と出くわしたので、中庭でお昼を食べることにした。


「聞いたよ、またとんでもないデマが広がってんの」

「やっぱり、なんか雰囲気がそうだったから、で、どんな?」

「どうせわかることやし……」


 弥生は言いにくそうにしたが、

「今度は自作自演、ハル君の気を引くために自分で拉致事件を作り上げたってデマや、そんな話がどこから湧いて出るんやろ、考えられへんわ、聞いた方も聞いた方よ、そんなデタラメ信じるなんて」


「それは仕方ないかも、そもそもあたしってみんなからよく思われてないから」

「それは仁南のことを知らへんしや」


「ほんまや、こんなにエエ子やのにな」

 当然現れた真琴まことは、腰に手を当て仁王立ちでお怒りのようだった。

「真琴さん」

 真琴は二人の横に座った。


「一人でいじけてるんちゃうかと心配して捜してたんや」

 真琴は弥生に視線を流した。

「井坂弥生です」

 弥生はにこやかに自己紹介した。

「あたしは」

「もちろん知ってますよ、二年の七瀬真琴さんでしょ有名人ですから」

「祖父母と叔父がな」


「けど、よかったわ、一緒にいてくれる友達がいて」

「図書委員で知り合ったんです、でも、仁南がなんでこんなに攻撃されるのか理解できません」

 仁南を挟んで、弥生と真琴が喋りはじめた。


「変な男に好かれたしやろ」

「変な男って、綾小路君のことですか?」

「最初から注意してたんや、仁南との接し方考えやって」

 真琴は顔をしかめた。


「仁南は中学の時も同じようなことがあったやん、根も葉もない噂流されて、ハブられて」

「そうなんですか」

「同じ学年やったら、あたしがそんなデマ払拭したるんやけどなぁ」

「あたし、頑張ります!」

「エエ友達やん、ヨロシク頼むわ」

「はい!」


 仁南お置き去りに話は完結した。続いて、

「今度、サインもらえませんか? 七瀬掬真(きくま)先生の小説のファンなんです」

「お安い御用や、仁南と一緒に家遊びにおいで」

「キャア、ホンマですか!」


 短い会話ですっかり二人は打ち解けたようだ。

 弥生のコミュ力を仁南は羨ましく思った。



   *   *   *



 校舎の屋上で遥は寝ころんでいた。

 秋の空は高くて吸い込まれそうな青さだ

 少し肌寒い風が前髪を揺らす。


 こうしていると平和な午後だが、遥の心中は穏やかでなかった。

 昼休み、教室へ行くと仁南はいなかった。昨日と同じ好奇の目が遥に向けられる。その理由は知っていた。


 拉致事件は自作自演だという新たに流布したデマ。

(バカな! 仁南は死にかけたんだぞ、俺の気を引くためだって? そんなことする必要はない、だって俺)


 その時、遥の顔に影が落ちた。

 ここは施錠してあるので生徒は入れない。針金で鍵を開けられる遥はここなら史乃も来れないだろうと気を抜いていた。

「お前!」

 慌てて飛び起きたが、芙蓉ふようがその気なら、もう命はなかっただろう。


「どうやってここへ」

 こんなに接近されるまで気付けなかった遥は自分の気の緩みを恥じた。

「どうって、飛び上がった」

 芙蓉は揶揄うような笑みを浮かべている。


「俺がここにいると知ってたのか?」

「綾小路の臭いはすぐわかる、そうね、この学校には流風るかもいる、猫臭もするわね」


「二人とも妖気に敏感だ、お前の侵入に気付かないなんて」

「伊達に五百年も生き延びていないわ」

「で?」


「そろそそ、心を決めたんじゃなかいかと思って」

 実際は、まだ決めかねていた。

「止めてあげるわよ、異常な女を」

「どうやって? 安易に殺すつもりじゃないだろな」

「仁南は死にかけたのに?」


 確かにそうだ、打ち所が悪ければ黒緋くろあけ勾玉まがたまを使う間もなく即死していたかも知れない。それに、未遂でもあれほどショックを受けている、もしそれ以上のことをされていたら……。


「他人を不幸に陥れれば、その人の分の幸せが自分に回ってくるとでも思ってるのかしらね……。自分が幸せじゃないからって、他人も不幸に陥れようと考えるなんて、人間とは恐ろしい生き物ね」


「お前だって人を喰って、不幸に陥れているじゃないか」

「あたしは不幸にするために喰ってるんじゃない、ただ、鬼の本能よ」

「結果は同じだ」

「そうね、でも今それは関係ないでしょ」

 芙蓉の目が赤い鬼の眼光に変わった。


 芙蓉は鬼だ、容赦しないだろう。

 芙蓉に任せれば、あの女の人生は終わるかも知れない。確実に仁南に手出しできなくなる。そこまでする必要があるのか、それを望むべきなのか遥は迷った。


(なにを考えている、花菜かなって人の生まれ変わりかも知れないから仁南を助けたい? そうなら、俺の許可を取る必要などない、勝手にすればいいのに)

 芙蓉の真意が読めない。


「で、どうするの?」

 芙蓉の赤い目を見た時、狂気をはらんだ史乃の眼が脳裏に蘇った。

 病的な妄想の取りつかれた女、話をして説得できる相手ではない。


(あんな女にロックオンされたのは偶然か? それとも綾小路家に取り憑く女難の因縁なのか? どちらにせよ、このままだと彼女の狂気が纏わりついて離れそうにない)


 遥はガックリ首をうなだれた。

 常軌を逸した彼女を止めるには、芙蓉に任せるしかないと腹をくくった。


「わかった、仁南のためには鬼とも手を組む覚悟が」

 芙蓉は満足そうに頷いた。


「手を組む……そうなってしまうのか」

 遥は反抗的な目を芙蓉に向けた。

「でも勘違いするな、お前が仇であることには違いないんだから、あきらめたわけじゃないからな」


 精一杯の強がりだった。

 心の中のモヤモヤを打ち消そうとする、今回ばかりはそうするしかないのだと、自分自身に言い聞かせる誤魔化しだった。


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