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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第2話 無敵の魔力 その1

 九年ぶりに訪れた悠輪寺ゆうりんじはすっかり様変わりしていた。


 正門は新しくなったが、それまで侵入者を見張っていた仁王様はもういない。

 焼失した本堂もピカピカの新築で、なんだか風情がないな、と仁南になは少々失望していた。


 仁南は本堂の正面に立ち、新しい建物を見上げた。

 周りは幅3メートルくらいお堀が廻らされており、正面に本堂の入口へと渡る小橋がある、それは以前と変わらない。

 それなら……。


 仁南はゆっくり小橋を渡った。

 途中まで来ると急に空気が変わった。


 ピンと張りつめた冷気が仁南を包んだ。

 凍るような冷風が彼女の頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、周囲の風景が一変した。


 そこは深い森の中、お堀も小橋も本堂も消え、銀杏の木々が立ち並ぶ静寂に包まれた森になっていた。


「来れた……」


 しかし、そこも前に見た風景とは少し違っていた。

 九年前に来たときは、樹齢千年は越える大銀杏が凛と聳え立っていたのだが、それはなくなっている。そしてその他の木々も若木ばかりで重厚感がない。


 仁南が周囲を見渡しながら木々の間を歩いていると、

 !!

 突然、後ろから伸びた手に首元を捕らえられた。


 悲鳴を上げるどころか息もできない。


「お前は誰だ」

 仁南を捕らえた男が言った。

 苦しくて答えられない仁南は、必死で彼の腕を叩いた。

「あ……」

 気付いたようで、手を緩めてくれた。


「死ぬかと思った」

 息をつきながら振り返った仁南は、再び息が詰まりそうになりながら、ヘナヘナと腰を抜かした。


 そこに立っていたのは、Tシャツにジーンズ、スニーカーというラフな服装、鋭い目つきがガラ悪そうな十代後半の男子だったが、仁南の目には真実の姿も映る。それは、黒い剛毛で覆われた大きな体、鋭い牙と爪、赤い目を煌めかせる〝鬼〟だった。


 仁南が自分の正体を見抜いていると知らない珠蓮じゅれんは、不思議そうに小首をかしげた。

「大丈夫か?」

 尻もちをついている仁南に手を差し伸べた。

 その仕草や動作があまりに自然だったので、恐怖はスーッと消え、仁南はその手を掴んだ。


「見かけない顔だな、妖怪の血は一滴も流れていないのに、なぜ一人でここへ入ってこれたんだ?」

「ここは普通の人間は来れないところなんですか?」


「ここは幽世かくりよ現世うつしよの狭間、特にこの一画は霊木大銀杏が守る霊気に満ちた場所だ」

 珠蓮はその霊気を吸い込むように大きく深呼吸した。

「と言っても、大銀杏は倒れて、今はこんなだけど」

 珠蓮の後ろにはまだ5メートルくらいの銀杏の若木があった。


「二年半でこれだから、成長速度は速いけど、元の大木になるのにはまだまだだな、でもちゃんと森を護ってる」

 優しいまなざしで、愛おしそうに触れた。


「俺たちはここの霊気に触れると癒され、妖力を増すんだ」

「あたしは妖怪じゃないけど」

「でも、普通の人間じゃないのも確かだ、人間がここの霊気に当てられると、正気ではいられない」


 そうか、ここは妖世あやしよの一画なんだと仁南は思った。しかし、芙蓉に連れていかれた場所とは全然違って、恐怖感はないし、珠蓮が言うように癒される感じがする。


「あたしは佐伯仁南、悠輪寺でお世話になってます。これから三年間、ここから高校へ通わせてもらう予定です」

「お前か、重賢じゅうけんのところへ来た見える子は」

「ご存じなんですね、自覚はないけど霊力が強いらしいです、だから入れたのかも」

「でも危険だぞ、人間が来るところじゃない」


「前にも一度来たことがあるんです、だからまた、那由他なゆたちゃんに会えるかもしれないと思って」

 仁南は九年前に迷いこんだこの場所で、那由他と名乗る少女と出会った。銀色の髪に碧の瞳の可愛らしい、人懐っこい少女だった。


「那由他……」

 珠蓮はふと寂しそうに宙を見た。


「残念だけど、もう会えないよ」

 もう一度銀杏に触れた。

「逝っちまったからな」

「どこへ?」

 珠蓮は空を見上げた。


「愛する人と再会して、一緒にあの世に旅立った」

「え、亡くなったの? 妖精なのに」

「妖精か、そりゃイイ」


「俺は珠蓮、見える子ってことは、さっき俺の正体が見えたんだな」

 仁南は那由他のことをもっと知りたかったが、珠蓮の瞳があまりに哀しそうだったので、それ以上は聞けなかった。


「はい、でもあなたはなにか違う」

「俺は人を喰ってないからな」

「鬼なのに?」


「俺は五百年前、鬼に噛まれた。鬼に噛まれてなお命が助かった人間は、やがて毒に侵され鬼と化す。人の心を失って、人を襲い心臓を食っては妖力を増強させ、不死身の身体となり生き続ける。俺も本来ならそうなってしてしまうところだったけど、当時、悠輪寺の住職だった高僧の元で厳しい修行を積み、鬼の妖力を持ちながらも、人間の姿と理性を保てるようになったんだ」


「そんな苦労を」

 どんなに厳しい修行を積んだのか、仁南が想像できるものではないが、きっと辛苦を味わってきたんだろうと思い、目頭が熱くなった。

「きっと辛い目に遭われたんですね、五百年って」

「みかけより年寄りだろ」

 あれ? この会話、デジャヴ……と仁南は思った。


「そうかお前が舞華まいかの孫か」

「祖母を知ってるんですか?」

「ああ、でも舞華より姉の結華ゆいかのほうがよく知ってる、彼女もお前と同じ、見る人だったからな」

「そうだったの?」

「聞いてないのか?」

「ええ」


「そうか、じゃあ重賢とのことも……」

 珠蓮は言いかけてやめた。

「重賢さんとのことって?」

「俺が話すことじゃないし……、ところで俺の姿を見て、よく鬼だとわかったな、前に鬼を見たことがあるのか?」


 すぐに話題を変えた珠蓮に、仁南は突っ込んで聞きたいところをまたあきらめた。きっと話せない込み入った事情があるのだろうと察したが、那由他のことと言い、胸の中にモヤモヤが募った。


「ええ、この間、会った女の人と同じだったから」

「女?」

芙蓉ふようって名前の鬼」

「芙蓉に会ったのか!」


 珠蓮の表情が一変した。

 穏やかだった顔が般若の形相になったのを見て、仁南はビクッとした。


珠蓮は『金色の絨毯敷きつめられる頃』の他、『銀杏の森シリーズ』の『あの日のまま』『枕小僧でございましゅ』にも登場します。読んでいただけると嬉しいです。

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