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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その12

「えらい目にうたんや、ご苦労やったな、みんな怪我がなくてよかった」

 重賢じゅうけんは細い目をさらに細めて労いの言葉をかけた。


 真琴まことの嗅覚をたよりに、四人は妖世あやしよから無事に現世うつしよへと出られた。

 そして気絶したままの仁南にな悠輪寺ゆうりんじに連れ帰った。


 流風るかは、護符を書いてもらうために訪れていた侑斗ゆきとと鉢合わせし、休む間もなく新しい狩りの任務へと連れ去られた。


 事件に巻き込まれているとは知らなかった重賢は、はるかから話を聞いて驚いたが、なにはともあれ、仁南を無事に迎えられてホッとした。





 途中から気を失っていた仁南も、ほどなく意識を取り戻し、重賢と対面したが、

「仁南は?」

「ちょっと気を落ち着けてくるって、本堂のほうへ行った」


 遭遇した尋常ならざる出来事に動揺が収まらない仁南は、挨拶が済むと、気を静めるために、境内へフラフラと出て行ってしまった。


「まあ、寺からは出ぇへんやろうし、しばらくそっとしといたろ」

「そうですね」

 遥は沈んだ表情で俯いた。

「すみません、俺がついていながら危険な目に遭わせてしまって」


「いいや、お前がついてたし、流風と真琴が救出に行けたんや、お前が迎えに行ってへんかったら、吸血鬼の餌食になってかもしれん」

 でも、彼女が一緒じゃなければ、自分は生きていなかっただろう、助けられたのは自分のほうだと遥は自覚していたが、プライドが邪魔をして口にできなかった。


「あの……他人から霊力をもらえるなんてこと、ありますか?」

 重賢は、ん? と言う顔をしたが、

「そうなや、力の強い者の傍にいたら、影響を受けることがあるかも知れんけど」


「流風と一緒にいても感じたことなかったのに、仁南は……」

 遥は触れられた仁南の手から感じた、体温とは別の温かいものを思い出していた。


「仁南からそう感じたとしたら、波長が合うのかも」

「あの鬼も言ってました、相性がいいから霊力をもらってるって」


「仁南の母親は巫女の家系やったらしい、大叔母も強い霊力を持ってたし、重ねて受け継いでるのかも知れんなぁ、流風に劣らぬ霊力をもっているようや、けど、コントロール出来てへんしあやかしを寄せ付けてしもてるんやな」


「コントロールできないから、俺にも影響が出たんですか」

「ま、たまたま波長が合ったんやろう」


 遥は仁南を抱きしめた時の感覚を思い出して自分の手を見た。

 自他共に認めるイケメンで、女性の扱いには慣れているし経験も豊富な遥だが、あんな感覚は初めてだった。心臓の鼓動が重なり合い、心地よいリズムを刻んだ時の高揚感。


(あの感覚が〝波長が合う″というものだったのなら、彼女も同じように感じたのだろうか?)


「そんなに相性がエエんやったら、仁南のお世話はハルに任すか」

「お世話って」

「知らん土地に来て戸惑うことも多いやろう、同じ高校に進学するし、色々と世話焼いたってくれへんか、あの子は妖が見えるのは自分だけやと思て、ずっと孤独やったし、自分と同じものが見えるお前やったら安心するやろう」


「まあ、重賢さんの頼みなら」

 遥はあの感覚の正体を知りたかったし、彼女の傍にいることで霊力が増すなら、狩りの役に立つだろうと思った。



   *   *   *



 九年前訪れた時に見た本堂はなかった。

 当時は長い歴史を感じさせる老朽化した建物だったのが、すっかり新しくなっている。

 新築されたんだ、と、残念そうに見上げている仁南の横に、真琴が並びかけた。


「もう起きても大丈夫なん?」

「え、ええ」

 真琴が登場した時、仁南は遥の胸の中で気を失っていたため、彼女の活躍は見ていない。しかし、今、仁南の目には、真琴の真の姿も映っていた。


「あたしが怖ないん? 本当の姿が見えてるんやろ」

「怖くないです、だって助けてくれたんでしょ、命の恩人だもん」

「ま、アンタを助けに行ったわけちゃうけどな」


「綾小路君から事情は聞きました、でも……なんか現実味がなくて、もしかして空想の世界にいるんじゃないかって思っちゃってるんですよ」


 真琴はクスっと笑みを漏らした。

「無理ないか、確かに現実離れしてるよな、鬼とか吸血鬼とか、猫の妖怪とか……」

 真琴は半妖だと聞いた。その存在に仁南は興味津々だった。


 人間に紛れて生活する上で不便はないのだろうか、きっと秘密にしているのだろうが困りごとや辛いことはないのだろうか? 聞いてみたかったが、真琴の憂いだ表情はそれを許さない気がした。


「本堂、新しく建て直されたんですね」

 仁南は本堂を見上げながら話題を変えた。


「敬語なんか使わんでエエで、一つしか違わへんのやし」

 真琴はそう言ったが、

「でも……高校では先輩になるんですから、このほうがしっくりくるんです」

「まあ、どっちでもエエけど」


 真琴も本堂を見上げた。

「二年半ほど前、焼けたし、表向きは落雷による焼失ってことになってる」

「表向き?」

「ま、そのうち話すわ」

 いつか自分のことも話してくれるだろうか? そのくらい真琴と親しくなれるだろうか? なれたらいいなと仁南は思った。


「子供の頃、一度、来たことがあるんですよ」

 祖母の舞華が親戚の葬儀に参列するために帰郷した時、連れてきてもらった。

「ちょうどクリスマスイブだったわ、ここで天使に逢ったんです」

「えっ?」

 真琴の顔がパッと明るく輝いた。


「やっぱりいるんや! あたしは足跡しか見つけたことないんやけど」

 目をキラキラさせながら食いつく真琴に仁南は少し面食らった。

「天使に逢うと幸せになれるんやて」

「知ってますよ、だから感激したんです」


 大人びたクールな美人って外見の真琴が、そんなメルヘンを信じるタイプなのは意外だった。だが、ここは普通では考えられない者たちの集まり、妖怪が存在するなら天使だって存在しても不思議ではないのだと仁南は思い直した。


「ノッコに報告しな、目撃者がいるって」

 ワクワク顔の真琴。

「ノッコ?」


「中学まで親友やった、いや、今も親友なんやけど、家庭の事情で東京へ行ってしもたんや、小三のとき、ノッコと一緒に天使を探しに、と言うか天使の足跡を探しにここへ来たことがあってな、実物に会えるとは思ってなかったし、ほら、天使って人目に触れんようにしてるらしいやん、そやし、せめて天使が来てた痕跡を見つけようとして」


「痕跡ってわかるんですか?」

「足跡を残すんや、葉っぱの間を駆けまわった小さな足跡」

「あたしが会った天使はそんなに小さくなかったわ」


 真琴が信じる天使は雑草の隙間を駆けまわれるほど小さな可愛いモノらしいが、仁南がここで会った天使はそれとは違う。

「当時の六歳だったあたしと同じくらいの子供に見えましたけど」

 体格も同じくらい、ただ、男の子か女の子か判別できない中性的な美しい子供だった。その笑顔は優しくて、心が温かくなったのを覚えている。


「え~っ、それってほんまに天使やった? 天使って、掌に乗るくらい小さいんちゃうの」

 真琴は疑いの目を向けたが、仁南はムキになった。

「天使ですよ、だってすごく綺麗だったもん」


 九年も前のことだが、ハッキリ覚えている。

 茶色っぽいサラサラヘヤーが眉にかかり、二重の綺麗な目、潤んだ瞳に長いまつ毛、スッと通った鼻筋に形の良い唇、発せられた声は鈴の音のようだった。


(あれ? あの時、会話した?)


「こんなところにいた」

 その時、遥が二人を見つけて、こちらへ向かってきた。

「え……」

 その姿が、先ほど思い出した天使とダブって見えた仁南は目を擦った。


「重賢さんが夕食にしようって、真琴もご馳走になるだろ」

「あ……精進料理か」

「今日は特別、仁南の歓迎バージョンだから肉あるって、A5ランクの」

「じゃあ、ご馳走になる!」

 真琴は足取り軽くさっさと庫裏へと向かった。


「お前も」

 仁南が呆然としているのに気付いて首を傾げた。

「どうした? 食欲ないか?」

「い、いえ、いただきます」

「じゃあ、行こう」

 白い歯を見せた遥は、まさに天使の微笑み。


「まさかね……」

 仁南はそう漏らして打ち消すと、遥の後に続いた。


 歩き出してから、ふと振り返った。

 真新しくなった本堂、しかし、醸し出す雰囲気は昔のまま、本堂へと続く小橋もかかっている。


(小橋は今も、あの不思議な場所に続いているのかしら?)

 仁南は幼い頃、迷い込んだ森を思い出した。


   第1話 妖の世界 おしまい


※真琴とノッコの出逢いエピソードは『金色の絨毯敷きつめられる頃・番外編、天使の足跡』を読んで頂ければ幸いです。


第1章、1話目を最後までお読みいただきありがとうございます。まだまだ続きますので、これからもよろしくお願いします。


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