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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その11

 全身を覆い尽くそうとしていた氷を弾き飛ばした真琴まことは、再び冴夜さよに牙をむいた。

「前とはちゃうんや、同じ手にはかからへん」


「少しは成長したということか」

 氷詰め攻撃が効かずに内心焦ってはいるものの、冴夜は平静を装った。


珠蓮じゅれんの力を借りんでも、今ならあたしらだけで十分やしな」

「珠蓮……?」

 芙蓉が愕然と漏らした。


 そんな呟きを気にも留めず、真琴は大口を開け、妖気の塊を吐き出した。

 冴夜と芙蓉に一直線。

 冴夜は長い髪を盾にして、真琴の攻撃を防いだ。


「なんか、分が悪くない?」

「そのようね」

「後ろには風刃ふうじん使いもいるし」

 冴夜は悔しそうに唇を噛んだ。





 一方、真琴に任せて見物していたはるかは、後ろから省吾が忍び寄っていることに気付いていなかった。

 牙をむき出し、遥の首筋を狙う。


 しかし、次の瞬間、気配を感じた流風るかが振り向きざまに風刃を繰り出した。

 風の刃は省吾の腹をえぐり、彼を吹っ飛ばした。

 転がる省吾を見て、遥は油断していたことにゾッとした。


「痛ぇなぁ」

 深手を負ってもなお立ち上がる省吾の顔に、流風も見覚えがあった。

「行方不明になっていたハンターね」

「これはこれは、ナンバーワンの呼び声高い流風じゃないか、俺のような下っ端を知っててくれたとは光栄だな」


「吸血鬼にされてしまったのね、残念だけど、人間に戻す方法はない」

 流風は冷ややかな表情で独鈷どっこを握った。


「待て、俺が」

 遥は仁南になを流風に押し付けて前に出た。

 しかし同じくらいの体格の仁南を抱きかかえられるはずもなく、地面に横たえるのがやっとだった。


「ちょっとぉ」

 流風のぼやきを無視して、遥は省吾の前に立った。


「優秀な相棒を持ってラッキーだな」

 足元はおぼつかないが、牙をむき出し臨戦態勢の省吾。

「ほんと、そう思います」

「俺の相棒は目の前で生血を吸いつくされて死んでいった」

「それを見て死ぬのが怖くなったんですか」

「そうだよ」


 最期の力を振り絞って遥に突進する省吾だが、緩慢な動きに対処できないはずもなく、遥は少ない動作で身をかわしながら胸に独鈷を突き刺した。


「ハンターとして長年綾小路家に尽くしてきた俺が、妖怪ではなく、綾小路家の人間に殺されることになるとはな」

 遥は握る手に力を入れ、心臓深くに独鈷を食い込ませた。


「選んだのはあなただ」

「そう……だな」

 崩れ落ちる省吾。

 吸血鬼の証である牙が抜け落ち、人間の顔に戻って息絶えた。


「親しかったの?」

 憮然としたままの遥に代わり、流風は独鈷を引き抜いて遥の手に戻した。

「ああ、昔世話になった」


「気にすることはないわ、あたしたちだって何時こうなるかわからないんだから」

「そうだな」

 遥は静かに目を伏せた。





 真琴が食いちぎった薔薇が床に散らばっている。

 壁も壊され、天井にも亀裂が入り、今にも落ちてきそうだった。


「せっかく再建した屋敷を壊されたくないし」

 冴夜はため息交じりに言った。

「せっかく連れてきた餌も奪い返される前に」

 芙蓉が付け加えた。


「屋敷を閉じるわ!」

 冴夜は両手を大きく広げながら上げた。

「異物は弾き出す!」


「えっ?」

 真琴の巨体が浮き上がった。

 いつ天井を突き破ったのかわからないが、強い力に吸い寄せられて上空に出た。

 もがいても、なすすべなく、上へ上へと吸い上げられた。




 同時に、流風と遥の足も地面から離れた。

 遥はとっさに仁南の手を掴み、宙に浮きながらも引き寄せた。

 なにが起きたのか把握できなかったものの、仁南と離れてはいけないと彼女をしっかり抱きしめた。


「冴夜が屋敷の空間を閉じたのよ」

 流風が言った。

 空間密閉できるから屋敷ごと移転させられると言っていた貉婆むじなばあの言葉を思い出したのだ。


「それで?」

「あたしたちは別の妖世に放り出されるわ」


 流風、遥と仁南も、真琴同様、いつの間にか天井をスルーして、上空に出ていた。

 そして、上へ上へと吸い上げられた。





 上空に消えた四人を見上げながら、芙蓉は名残惜しそうに言った。

「妖世に飛ばされてどうなるの?」

「ま、猫ちゃんがついてるから、ちゃんと現世に戻れるでしょ」

 冴夜が答えた。

「あの子まで、連れていかれちゃったわ」


「あの子を、あなたの手元に残したって、しょうがないでしょ」

 いつの間にか戻っていた枕小町が芙蓉の真横に立っていた。

「あの子は人間よ」


「そうよね、それに上一条かみいちじょう家の末裔と言っても、母親は彼女が生まれる前に死んでるんだから、なにも聞かされていないでしょうね」


「そうかしら? まあ、あの娘にはまた会うでしょうね、あなたとも因縁があるし」

 冴夜は含み笑いを浮かべた。


「どういう意味? さっき右目には無敵の魔力が宿っているとか言ってたけど」

「それは自分で突き止めなさい」

「説明してくれるんじゃなかったの?」

「気が変わったわ、右目の謎はあなたが解きなさい、そのほうが面白いでしょ」

「面白くない、さっさと知りたいんだけど」


 冴夜はほどいて乱れた髪を再び結い上げた。

「じゃあ、また餌を調達してきてよ」

「はあっ? さっき八人も餌を連れてきたでしょ」


「この屋敷を造るのに力を使ったから、生血を補充しなければならなかったのよ、でなければ、あんな猫ちゃん相手に引き下がるはずないでしょ」

「負け惜しみを」


「その上、空間を閉じるなんて大技使ったからヘトヘトだわ、しばらく休まなきゃ、その間に、猫ちゃんに殺られた下僕も補充してね」

「あたしが?」

「イケメン五人ほど捜して来てね」


「イケメンなんて、そうそう転がってるもんじゃないのよ!」

 憤る芙蓉をよそに冴夜はうっとりした目で空を仰いだ。

「さっきの少年は美しかったわね、あのレベルがいいわ」


「それこそ、いないわよ!」


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