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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第2章 鬼の記憶

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第3話 くノ一の宿命 その6

「姉さんがいたんだ」

 美菜みなが去ったのを見届けてから、芙蓉ふようは呆然と佇む花菜かなの元へ行った。


「あなた、自分の家族をちゃんと覚えてたんじゃないの、お伽噺にもなりゃしない」

「聞いてたの?」

 花菜は鼻を啜りながら袖で目を擦った。

「鬼は人より五感が優れているのよ」


 真っ赤に泣き腫らした顔で花菜は大きなため息をついた。

「そう、自分が母親に売られたことは理解していた、五歳の時だったわ、あたしは忍びの里に、九歳だった姉ちゃんは遊郭に売られた、実の母親にね。大工だった父は仕事中の事故で死んだわ、子煩悩で優しかった父がいなくなってすぐ、生活に困った母親は、ためらいもせずにあたしたちを金に換えたの」


 あの日のことははっきり覚えていた。

 まだ五歳だったが、脳裏に焼き付いている。


 姉から引き離されて、見知らぬ男に腕を掴まれる。

 どこへも行きたくないと泣き叫ぶ花菜を、母親は見向きもせずに、受け取った金を数えていた。

 姉もそんな母に縋りついて、自分が『花菜の分まで働くから』と言ってくれていた。この後、すぐに自分も遊郭に売られるとは知らずに……。


「姉ちゃんも売られて酷い目にあったのね」

 花菜は悔しそうに顔を歪めた。

「実の親だと思いたくない、あんな女の腹から生まれたなんて信じない!」


 芙蓉はまた、自分がどれだけ恵まれた生い立ちだったのかを思い知った。親に愛されなかった子供もいるのだ、売られて、冷たい他人の中で、温かい愛情を受けることなく育った子供もいることを初めて知った。


「そうね、その女があなたを攫ったのかも知れないわね、でなきゃ、実の子を売るなんてできないわよ」


「行きましょ」

 花菜は顔を上げて歩き出した。

「今夜は旅籠屋に泊まって、美味しいものを食べるんだったわね」

 沈んだ雰囲気を変えようとした芙蓉だったが、

「予定変更、すぐこの町を出ていくわ」

 花菜は足を速めた。


「え、なんで?」

「聞いてたんでしょ、早くこの町から出て行けって言われてたのも」

「そうだけど、今日くらい」


「さっさと消えたほうがいいのよ、姉ちゃんはもう別人になってやり直してるんだから、あたしなんかがウロチョロしないほうがいい」



   *   *   *



 宿場町を出てからは花菜の歩みが遅すぎて、次の町には辿り着けずに、山の中で夜を過ごすことになった。


 震えている花菜に気付いた芙蓉は心配そうに覗き込んだ。

 春が訪れても標高の高い山の夜は冷える。寒さに震えているのか、辛さに震えているのかわからなかったが、早く野宿できる場所を見つけて火を熾さないと花菜が凍えてしまうと焦っていた時、人の話し声に気付いた。


「美菜と連絡はついたか」

「さっき会ってきた、順調だ」

 男の声だった。冷えて澄み渡った空気は遠くの物音も感度よく届ける。

 〝美菜〟の名前を聞き逃さなかった芙蓉と花菜は顔を見合わせた。


 花菜は突然、高い木の枝に飛び上がった。

 見下ろすと、焚火の明かりが見えた。

 枝を揺らしながらそちらへ向かう花菜を追って、仕方なく芙蓉も続いた。


 五人のガラの悪い男が焚火を囲んで、火にくべられた獣の肉を食べながら酒を酌み交わしていた。


「うまくあの店に潜り込んでるみたいだ、怪しまれてはいない、屋敷の見取り図もあるし、金の隠し場所も突き止めた」

「高利貸しもやってるから、かなり貯め込んでるはずだ」

「じゃあ、決行は明日の夜で大丈夫なんだな」


 気配を消すのは忍びにとって造作もない事、花菜は彼らの近くの木の上から様子を窺った。

「大仕事だから、この仕事が終わったら、当分は遊んで暮らせるな」

「遊郭に繰り出そうぜ」


「美菜がやきもち焼くだろ」

「美菜か」

 頭らしい男が渋い顔をした。

「もう飽きたか?」

 他の男が茶化すように言う。


「そうだな、ちょっと優しくしてやったら女房気取りだもんな、まあ、よく働いてくれたけど、元は下の遊女がさ、俺が拾ってやらなきゃ野垂れ死にしてたってのに、ずうずうしくなってきやがった。金さえ手に入れば女なんか選び放題だし、そろそろ用済みかな」


 追いついた芙蓉だがここで話は出来ない、美菜の腕を掴んで、その場から離れた。


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