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黒緋の勾玉が血に染まるとき  作者: 弍口 いく
第1章 右目の悪魔
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第1話 妖の世界 その10

 躍り出た美しい獣は雄叫びを上げながら、猫らしいしなやかな動きで地面に降り立った。


 縦に伸びた金色の目ではるかの姿を一瞥してから、冴夜さよ芙蓉ふようと対峙した。

溢れ出た妖気で室内はまばゆい光に包まれ、冴夜は目を細めた。


 間髪を入れず、巨大な猫科の獣は爪を振った。


 冴夜と芙蓉はヒラリと交わして、距離を取った。

 どこからか現れた吸血鬼の下僕が三人、冴夜を護るように巨大猫との間に立ったが、次の一振りで、悲鳴を上げる間もなく下僕たちの首は胴から切り離され、天井に激突してから床に転がった。


「お前はいつぞやの」

 冴夜がそう言いながら紫に煌めく瞳で巨大猫を射抜いた。


 すると巨大猫の毛が逆立ち、全身が硬直した。

 そして体が急に重くなった。


 体重が二倍、三倍、四倍とズンズン重くなり、足は自分の体を支え切れなくなって、膝が折れそうになったが、その時、巨大猫の後ろから目に見えないやいばがカーブを描いて飛来した。


「!!」

 死角からの攻撃に避けきれない冴夜を、芙蓉が手だけを黒い獣に変化させて庇った。

「かまいたちか?」

 ブロックしたものの、なにが飛んできたのかわからなかった芙蓉に、

風刃ふうじんよ」

 冴夜が答えた。


「風刃?」

「昔見たことがある、高僧があんな法力を使うのを」

 巨大猫の後ろから現れた流風るかを見た。

「あの娘、こんな技が使えるようになったの?」


 そのすきに、硬直から解けた巨大猫が、飛び掛かかろうとした。


 しかし、庭から薔薇の茎が蔓のように伸びて、足に絡みついた。

 空中で動きを止められた巨大猫は、やむなく床に降りた。


 室内はたちまちいばらのジャングル、とげを食い込ませながら、がんじがらめにしていく薔薇の茎を、巨大猫は鋭い牙で食いちぎった。


 流風は薔薇の茎に捕らわれることなく、遥のところへまっすぐ駆け付けた。


「遅いぞ、流風」

 ムッとした言い方で迎えた遥だが、内心は来てくれて感謝している。


 素直じゃない遥の物言いをスルーして、流風は独鈷どっこを差し出した。それは芙蓉の心臓を狙ってあえなく吹っ飛ばされた時に落としたものだ。

「途中、これを拾ったときは手遅れかと思ったわ」

「泣いた?」

真琴まことがね」


「ほんとに死んでたかも……助かったのはコイツのお陰だ」

 遥は腕の中の仁南になに視線を下ろした。

 一人なら、無謀に戦おうとして殺されていただろうと思っていた。


「この子、重賢じゅうけん様のところに来た子?」

「そう、いろんな意味で、すごい奴だ」

「その子、大丈夫?」

 流風は遥が抱きかかえている少女の様子が気になった。


「え?」

 つい抱きしめる腕に力が入っていることに気付いた遥は腕を緩めた。

 仁南は遥の胸に顔を埋めたまま、グッタリしている。

「あ……」

 いつの間にか気を失っている仁南を、遥はバツ悪そうに見た。


「大丈夫だと思う、息はしてるし……」

 気絶しているというより、安心して眠っているという感じの無邪気な寝顔に、遥はドキッとした。よく見るとけっこう可愛い……なんて思ってる場合じゃないと気を取り直し、

「アイツの派手な登場に驚いたんだろう」

「違うでしょ」

 絞め殺すところだったのだろうと思った流風は突っ込んだ。


 アイツ、とは巨大猫の妖怪に変化へんげした真琴のことだった。


 壁をぶち破って登場した巨大な猫科の獣は、半妖である真琴の変化した姿。

 真琴は人間の母親と、妖怪の父親の間に生まれた半妖。普段は人間として生活しているが、父親譲りの妖怪に変化できる特殊能力を持っている。


「あなた、妖世あやしよでもほんとに大丈夫なのね」

 流風は平気な顔をしている遥を改めて見た。

「お前ほどの霊力はないけど、なんとか」


貉婆むじなばあが言ってた通りなのね、相性がいいその子から霊力をもらってるって」

「そうみたいだ、コイツと会ったのは偶然だけど、そんなことがあるんだな」


「偶然じゃなくて、運命の出逢いかもよ」

 そう言った流風に、遥は驚きの目を向けた。


「お前、ジョークが言えるようになったんだな」

「ずいぶん大事そうに抱いてるから」

「当たり前だろ、命の恩人なんだから」

 そう言われて、無意識にしっかり抱いていたことに改めて気付いた遥は、少し頬が熱くなるのを感じた。


「そんなことより、加勢しなくていいのか?」

 話題を変えようと、茨の中の真琴に視線を移した。

「大丈夫、油断しなければ真琴は強いわ」

「俺、初めてだ、真琴があんな姿で戦うのを見るの」


 真琴が半妖なのは知っていたものの、ハンターでない彼女と狩りをすることがなかった遥は、彼女の真の姿に畏怖の念を感じた。

「美しいでしょ」

「美しい……か?」





 次々と伸びては絡みつく薔薇の蔓から逃れるために、真琴は大暴れして家を破壊する勢い。崩れそうな天井を見上げて、冴夜はワナワナと震えた。

 真琴はすべての茎を噛み砕き、床に落ちた薔薇を踏みつけた。


「なんかややこしいのが出てきたけど、知り合い?」

 目の前で暴れる真琴を唖然と見ながら、予期していなかった状況に芙蓉も戸惑っていた。


「三年ほど前だったか」

 恨みのこもった冴夜の眼が煌めく。

「わたしの薔薇園と屋敷を破壊した奴らよ」


 冴夜は結い上げていた黒髪をほどいた。

 そして毛先をカミソリのような爪でカットすると、分離した髪が投げナイフのように真琴に一直線。

 金茶色の毛皮に数本が突き刺さった。


 深手ではない、しかし、そこから氷が張りだした。それは金茶色の毛皮全身を覆うように広がっていく。


「あなた、雪女だったの?」

 茶化す芙蓉に、冴夜は笑みを浮かべてはいるが、厳しい口調で、

「猫ちゃんはわたしがまた氷詰めにするから」

 順調に氷に覆われていく真琴を見ながら、

「それより一匹、鬼が来るかも知れないから用心して」

「鬼?」


 その時、

 パリーィン!!

 氷が砕けとんだ。


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